AIは脅威、それとも好機?

いったいどこまで一般の人がAIについて理解して使っているのか不明ですが、ニュースでのAIの捉え方は脅威論が大勢を占めているように思います。

AIが人間がやっている仕事を取ってしまって大量の失業者が出るとか、AIが人智を超えた知能を持ってしまって、相対的に愚かな人類には手に負えなくなってしまうとか、世の中は基本的に新しいものには脅威論が先行するのが常のようです。

実際にAIが今後どのように進化するか、あるいはこれまで蓄積されたインターネット上の知識をすべて学習し尽くして、あるレベルで知能が止まってしまうのか、いろいろな議論がこれからなされながら検証していくことになります。

確かにAIが人間の職を奪ってしまって、これまでプログラムを書いていた人が必要なくなったり、AIにはできないと言われた音楽や絵画のような創作の世界でも、AIの方が優れているという話もあります。

それと同時に、少子化によって労働者が不足することが日本の緊急の課題ならば、AIで職を失った人がAIにできないことをやればよいのですから、少子化問題の解決方法としてAIが脚光を浴びても良さそうな気がします。

インターネットが普及し始めた頃、当初は回線速度の問題で文字情報が主体でしたから、新聞や雑誌、書籍が消滅すると騒ぎ、回線速度の向上とともに今度はテレビや映画がなくなると言って騒いで来ましたが、新しい技術による進歩によって過去の技術が廃れていくのは文明の宿命であります。

電車や自動車があれば、籠や馬に乗る理由はありませんし、飛脚に頼ることもないでしょう。

白熱電球から蛍光灯になり、LEDになったことをいつまでも憂いていても仕方がありません。

AIを脅威といって毛嫌いしている暇はなく、少子化で労働力が足りないと言うなら、その労働力を補うエンジンとしてAIを活かしていく方法を早急に考えるべきです。

もとより諸外国と比較して労働生産性が著しく低いと言われ続けた日本ですから、AIの登場は飛躍的に生産性を高めるチャンスです。

AIの普及を好機と捉える意識の変革が、今の日本には求められています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です