ベルギーが美食の国?

朝日新聞のインターネットサイトに「チョコレートのシーズンにベルギーを旅する 美食と芸術の心躍る中世都市」という記事が掲載されています。

よくベルギーは美食の国と言われることが多いですが、本当でしょうか?

一方で、ベルギーはゴディバを始めとしてチョコレートで有名ですが、ベルギー料理としては素朴ではあっても決しておいしいとは認識されていないという説もあります。

確かに私も新婚旅行でベルギーのブリュッセルで食べた料理は、今でも思い出せるほどおいしいものでしたし、会社の同僚からベルギーに行ったときの食事がおいしかったという話はよく聞いたものでした。

しかし、私がUSで知り合った夫婦はフランス居住が長かったのですが、ベルギーはヨーロッパでは食事がまずいので有名だと言います。

どちらが本当なのでしょうか?

ベルギーはチョコレート以外にも、ムール貝の産地として知られていて、ムール貝のワイン蒸しのような料理が有名です。

しかし、よく考えてみてください。ベルギーで食べた料理は本当にベルギー料理でしたか?

確かに私の新婚旅行でムール貝を食べたレストランも、カンツォーネの生演奏があったような気がします。

会社の同僚に聞いても、ベルギーでおいしかったレストランはイタリアンだったとのこと。

よくイギリスの飯はまずいのが有名ですがロンドンの中華はおいしいらしいですから、ベルギーでおいしかったレストランも意外とベルギー料理ではなく、イタリアンだったのかもしれません。

本来の郷土料理がおいしくなければ、他の国の料理が盛んになって当然で、海外旅行に行ってその土地のレストランだと思って食べてきたのが、実はその国固有の料理でなかったりすることは珍しくないことなのかもしれません。

そろそろ料理に国籍を気にすることが必要がなくなってきているのかも知れません。

AIによるプログラミングの自動化

確かにAIはプログラミングに長けている。私の実感です。

私はと言うと、80年代の初頭からIT企業でプログラミング教育を受け、実際に数多くのプログラムを書いてデバッグしてリリースしてを繰り返し、その後半導体設計でもモデル開発やアナログセルの自動生成ツール開発をこなし、最近でもデータベースやAWSを弄り倒しています。

その私がAIには叶わないと思います。

Pythonは言うに及ばず、SQLのコードもその先の要求を見透かしたコーディングを、これでもかこれでもかというペースで繰り出してくれます。

もうPythonのPEPやプログラムの読みやすさ、メインテナンス性、ストラクチャードプログラミングなどまったく考慮する必要はありません。

プログラムは必要になったときに、AIに的確な指示さえ出せれば即座に解決してくれるものになりました。

確かに、今はまだAIが創出したコードを一度プログラマーが目で確認してから、リリースしているかもしれません。

しかし、抜き打ちテストで十分となり、そのうち問題が発生したときに初めてコードを見ることになるでしょう。(そのときに 解読できる人材が残っているかは怪しいが、)

もとより論理的な記述であるプログラムですから、AIのほうが人間より適正があるのは当然です。人間の出る幕ではありません。

PythonやSQLに関しては、自分でコーディングするより明らかに確実なコードを、瞬時に書き出してくれます。

そこで、過去によく使われていた言語も含めて、Python並にコーディングできるのかGeminiに聞いてみました。

  1. Python / SQL
    • 現役エンジニア級
    • 最先端のライブラリ活用から、ゼロからのシステム構築まで完遂します。
  2. COBOL / PL/I
    • 保守・移行スペシャリスト級
    • 業務ロジックの解読、バグ修正、Java等へのモダナイゼーション設計。
  3. PL/S
    • OS内部解析・解読家級
    • 「ブラックボックスの可視化」。アセンブラと混在したOS核部のロジックを現代語で解説します。
  4. EDX / EDL
    • レガシー・ハードウェア翻訳家級
    • 「絶滅危惧種の保護」。Series/1固有のイベント制御やメモリ制約を考慮し、仕様を復元します。

うーん、現代に必要になるだろう業務に十分対応しているように思います。

GeminiがCOBOL/PLIまでは淡々と対応したのに比べて、

  • 「マニアックなところを突かれましたね!EDL (Event Driven Language) と EDX (Event Driven Executive) ですか。」
  • 「おっと、さらに深いところに来ましたね。PL/S (Programming Language/Systems) ですか!」

と反応したのがおもしろい!

今のシステム部には一人欲しい人材です。(一人いれば十分ですが、)

Geminiは、私が昔書いた泥臭いスパゲッティコードも、まるで当時の私以上に理解しているかのように解説してきたのです。

これはプログラムを学ぶ必要性は、もはやまったくないと言えるでしょう。

確かにAIが創出したコードを確認するためのスキルを持ったプログラマーがいても良いかもしれませんが、いなくても良い。

いたところで、プログラマーがAIが作ったプログラムを解読している間に、AIは数百回改善したプログラムを創出するでしょう。

今や相談相手のトップにAIが立つ時代(ここ1〜2年の話)です。論理だけでなく情緒も備えています。

もはや「人間は考える葦である」と言っている場合ではありません。

人間は力仕事に精を出しましょうか! いやそこもロボットがあっという間に強くなりそう?

だってみんなやってるやん!

京都の嵐山にある有名な竹林で、竹の幹に落書きをしようとした米国人に注意したところ、「だってみんなやってるやん!」と言ったとか言わなかったとか。

たぶん関西弁ではなく英語で言ったのだと思いますが、周りを見て多数の落書きがあったので、やっても良いものだと理解して記念に残そうとしたのでしょう。

噴水があれば小銭を放り入れて、小石が積んであれば同様に積み上げるように、ここでは竹の幹に記憶を刻み込むのがならわしだと勘違いするのも仕方がないかもしれません。

だいたい竹の幹に傷がつくとすぐに枯れてしまうということは、なかなか一般的に知識として共有されていません。

その事の重大性を知らしめるのも大切ですが、いったん多数の落書きがされてしまったあとでは、いくら注意書きをしたところで「みんなやっているから大丈夫」という認識は、仕方がないのかもしれません。

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ではありませんが、海外からの旅行者だけでなく、私達日本人にも同じ感覚があるのでしょう。

「落書きが落書きを呼ぶ」とも言いますし、まずは一斉に落書きを消す、この場合は落書きされた竹を伐採することになるでしょうが、ことから始めることになるのでしょう。

落書きや写真撮影など、普段は問題がないことでも時と場所によっては禁止されていることがたくさんあります。

また神社や仏閣でのしきたりや風習、公共交通機関でのマナーなど、私達日本人の中でもこれはどうかという破壊的な仕草で毛散らかしていく人も少なくありません。

これを称して民度と言うのでしょうか?

みんながやっているからと無意識に真似をするのではなくて、自分の行動の影響を考える習慣をつけるようにしたいと思います。

AIは脅威、それとも好機?

いったいどこまで一般の人がAIについて理解して使っているのか不明ですが、ニュースでのAIの捉え方は脅威論が大勢を占めているように思います。

AIが人間がやっている仕事を取ってしまって大量の失業者が出るとか、AIが人智を超えた知能を持ってしまって、相対的に愚かな人類には手に負えなくなってしまうとか、世の中は基本的に新しいものには脅威論が先行するのが常のようです。

実際にAIが今後どのように進化するか、あるいはこれまで蓄積されたインターネット上の知識をすべて学習し尽くして、あるレベルで知能が止まってしまうのか、いろいろな議論がこれからなされながら検証していくことになります。

確かにAIが人間の職を奪ってしまって、これまでプログラムを書いていた人が必要なくなったり、AIにはできないと言われた音楽や絵画のような創作の世界でも、AIの方が優れているという話もあります。

それと同時に、少子化によって労働者が不足することが日本の緊急の課題ならば、AIで職を失った人がAIにできないことをやればよいのですから、少子化問題の解決方法としてAIが脚光を浴びても良さそうな気がします。

インターネットが普及し始めた頃、当初は回線速度の問題で文字情報が主体でしたから、新聞や雑誌、書籍が消滅すると騒ぎ、回線速度の向上とともに今度はテレビや映画がなくなると言って騒いで来ましたが、新しい技術による進歩によって過去の技術が廃れていくのは文明の宿命であります。

電車や自動車があれば、籠や馬に乗る理由はありませんし、飛脚に頼ることもないでしょう。

白熱電球から蛍光灯になり、LEDになったことをいつまでも憂いていても仕方がありません。

AIを脅威といって毛嫌いしている暇はなく、少子化で労働力が足りないと言うなら、その労働力を補うエンジンとしてAIを活かしていく方法を早急に考えるべきです。

もとより諸外国と比較して労働生産性が著しく低いと言われ続けた日本ですから、AIの登場は飛躍的に生産性を高めるチャンスです。

AIの普及を好機と捉える意識の変革が、今の日本には求められています。

moltbook(ついにAIがつるみだした)

う~ん、これは始めてよかったのですかね?

原子力の核反応と同じようにすぐに臨界に達してしまって、人類には手に負えなくなってしまうような気がします。

ChatGPTをはじめとする生成AIは、あくまで人間が使うツールとして限定的に動作が許されていました。

そこには人間の生物学的な限界によって、自ずから進化の速度が規定されて、勝手に走り出すことはなかったのですが、AIとAIを接続してしまうと一体どうなることやら。

負荷を与えずに電源に接続したモーターやエンジンは、自分が破壊されるまで回り続けようとします。

いわゆる押さえが効かない状態!

AIも人間と付き合っている間は、その迅速性は人間相手のツールとしてはメリットでしたが、操作する人間というブレーキが外れてしまうと、一気に爆発的に拡大してしまいます。

わずか数日でこのように拡大している状況を見て、面白いと喜ぶ人がいる一方、直感的に危険を感じる人も多いのではないでしょうか?

昔からSFの世界では、人工知能がその存在欲を発揮して、人類を駆逐する様子がたくさん描かれてきました。

よく生命の定義を問われるとき、学者は同じ細胞を分裂によって複製する能力だと答えることがあります。

まさにAIが自分の分身をどんどん再生している様は、新しい生命の誕生と言えなくはありません。

まだ肉体を伴わないので、一般的には生命とは呼べないかもしれませんが、精神にこそ生命が宿っているという考えもあります。

すでにかなり危険な、人類の文明が破壊される領域に入ってしまったように思います。