どうして日本の大学からビジネスが生まれないのか?

本当は「革新的な技術がなぜ生まれないのか?」と言いたいところですが、ここでは一般的にビジネス全般に対して、日本の大学が期待された役割を果たしていないという点について考えたいと思います。

国際卓越研究大学として、東北大学に次いで東京科学大学が選定されました。国際的に競合できる研究開発を期待できる大学として、これらの2大学が選定されたということでしょう。

「国際卓越研究大学」という名称には期待が込められていて、概ね日本の大学は国際的に卓越した研究ができていないということです。

大学の研究室で何を研究しているかは、外からは見えにくいです。学会や論文として発表されているテーマは、厳選されていますからそれなりの研究がなされているように見えます。

しかし、表に出てこない研究にも人材とお金が費やされているわけですから、ある程度レベルを向上する努力は必要だと思います。

実際、大学の研究室では各々の学生に研究テーマを与えなければなりません。その研究が社会的に何の役にも立たないことが自明であったとしても、研究に取り組む姿勢という基本を学生に教えるために、その研究内容の価値を考える余裕がないのかもしれません。

しかし、これほど世界が急速に動いている時代に、大学だけが価値のないことで時間とお金を浪費することが許されるわけがありません。

そんな企業があったら、立ちどころに倒産することでしょう。

そもそもそれぞれの大学にはどれぐらいの研究室があって、どのようなテーマで何年間研究を続けているのか? そして最も重要なのは、どれほど社会に貢献してきたのかを示す指標がないことです。

受験生が、自分の将来を託す大学に社会的価値があるかどうかも分からないのに、進学する大学を決めることができるでしょうか?

まさに「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」です。しかし、世界的に競争が激しい現代では無駄玉を撃つている余裕はありません。

国際卓越研究大学をきっかけに、大学の社会的価値を再評価する機運が高まることを願います。

プログラミングスキルはもはや必要ない!

「かつてはプログラミングを趣味にしていた人もいたようだ」なんて回想されるようになるのでしょうか?

趣味ではなく仕事にしている人も多いわけですが、昔からソフトウェア産業は浮き沈みが激しい産業だったような気がします。

銀行の第3次オンライン開発が始まる頃は、300万人のシステムエンジニアが足りなくなると騒いでいましたし、何かの大規模システム開発が計画されるたびに人材不足が話題になりました。

一方で、ソフトウェアはハードウェアのサービス品で、無料が当然という風潮も根強く残っていたのも事実です。

ここ数十年の間に何度もソフトウェアに関する重要性が議論されてきましたが、ついにその議論に終止符を打つときが来るのでしょうか?

確かにPythonをコーディングする上においては、人間の出る幕はなくなりかけているかも知れません。

AIに作業の仕様さえ正しく指示すれば、間違いのないPythonコードが数秒の間に創出されます。これはかつてシステム屋が夢に見た、フローチャートを入力すればプログラムが出来上がる状況になったわけです。

また最近になって、レガシーシステムとしてのCOBOLに関しても、既存システムの改修程度ならAIで間に合ってしまうという話が出ています。

確かにCOBOLのエンジニアは年々少なくなっているでしょうから、AIがその代わりに活用できれば願ったりかなったりです。またCOBOLをそのまま使うのではなく、新しい言語体型に書き換えることも容易にできるのかも知れません。

要するに、これまでのプログラミングに関する需要と供給の関係が完全に崩れるわけです。

AIがプログラムを自動で創出できるのなら、半導体にも同様に変化がやってくるでしょう。

おそらく、かつてシリコンコンパイラーと呼んでいた、ハードウェアの動作記述から半導体マスクレイアウトが創出されるようになるのも、そう時間はかからないはずです。

事務系の職種が急激に消滅する事態も、現実に報じられるようになってきました。AIの登場によって、予想以上にこれまでの社会が大きく変わることでしょう。

近代の産業革命や自動車の発明以上のインパクトを、社会に与える予感があります。

小学生が一番なりたい職業として、YouTuberが人気を得ていましたが、いわゆる創作系の職業も実はAIが一番得意な分野だと言いますから、システムエンジニアや事務職やYouTuberまでもが将来性がないとなり、かと言ってブルーカラービリオネアーもフィジカルAIがあっという間にひっくり返すことでしょう。

これから人間には、如何にAIを使いこなせるかが重要な仕事になるといった論調もありますが、人間がAIより「AIを使いこなせる能力」に長けているとは限りません。

今後2~3年で社会がどのように変化していくかは、予想するより見てみないと分からないというのが正直なところではないでしょうか?

果たして、人類は黙ってみているだけで良いのかは疑問がありますが、、、

ベルギーが美食の国?

朝日新聞のインターネットサイトに「チョコレートのシーズンにベルギーを旅する 美食と芸術の心躍る中世都市」という記事が掲載されています。

よくベルギーは美食の国と言われることが多いですが、本当でしょうか?

一方で、ベルギーはゴディバを始めとしてチョコレートで有名ですが、ベルギー料理としては素朴ではあっても決しておいしいとは認識されていないという説もあります。

確かに私も新婚旅行でベルギーのブリュッセルで食べた料理は、今でも思い出せるほどおいしいものでしたし、会社の同僚からベルギーに行ったときの食事がおいしかったという話はよく聞いたものでした。

しかし、私がUSで知り合った夫婦はフランス居住が長かったのですが、ベルギーはヨーロッパでは食事がまずいので有名だと言います。

どちらが本当なのでしょうか?

ベルギーはチョコレート以外にも、ムール貝の産地として知られていて、ムール貝のワイン蒸しのような料理が有名です。

しかし、よく考えてみてください。ベルギーで食べた料理は本当にベルギー料理でしたか?

確かに私の新婚旅行でムール貝を食べたレストランも、カンツォーネの生演奏があったような気がします。

会社の同僚に聞いても、ベルギーでおいしかったレストランはイタリアンだったとのこと。

よくイギリスの飯はまずいのが有名ですがロンドンの中華はおいしいらしいですから、ベルギーでおいしかったレストランも意外とベルギー料理ではなく、イタリアンだったのかもしれません。

本来の郷土料理がおいしくなければ、他の国の料理が盛んになって当然で、海外旅行に行ってその土地のレストランだと思って食べてきたのが、実はその国固有の料理でなかったりすることは珍しくないことなのかもしれません。

そろそろ料理に国籍を気にすることが必要がなくなってきているのかも知れません。

AIによるプログラミングの自動化

確かにAIはプログラミングに長けている。私の実感です。

私はと言うと、80年代の初頭からIT企業でプログラミング教育を受け、実際に数多くのプログラムを書いてデバッグしてリリースしてを繰り返し、その後半導体設計でもモデル開発やアナログセルの自動生成ツール開発をこなし、最近でもデータベースやAWSを弄り倒しています。

その私がAIには叶わないと思います。

Pythonは言うに及ばず、SQLのコードもその先の要求を見透かしたコーディングを、これでもかこれでもかというペースで繰り出してくれます。

もうPythonのPEPやプログラムの読みやすさ、メインテナンス性、ストラクチャードプログラミングなどまったく考慮する必要はありません。

プログラムは必要になったときに、AIに的確な指示さえ出せれば即座に解決してくれるものになりました。

確かに、今はまだAIが創出したコードを一度プログラマーが目で確認してから、リリースしているかもしれません。

しかし、抜き打ちテストで十分となり、そのうち問題が発生したときに初めてコードを見ることになるでしょう。(そのときに 解読できる人材が残っているかは怪しいが、)

もとより論理的な記述であるプログラムですから、AIのほうが人間より適正があるのは当然です。人間の出る幕ではありません。

PythonやSQLに関しては、自分でコーディングするより明らかに確実なコードを、瞬時に書き出してくれます。

そこで、過去によく使われていた言語も含めて、Python並にコーディングできるのかGeminiに聞いてみました。

  1. Python / SQL
    • 現役エンジニア級
    • 最先端のライブラリ活用から、ゼロからのシステム構築まで完遂します。
  2. COBOL / PL/I
    • 保守・移行スペシャリスト級
    • 業務ロジックの解読、バグ修正、Java等へのモダナイゼーション設計。
  3. PL/S
    • OS内部解析・解読家級
    • 「ブラックボックスの可視化」。アセンブラと混在したOS核部のロジックを現代語で解説します。
  4. EDX / EDL
    • レガシー・ハードウェア翻訳家級
    • 「絶滅危惧種の保護」。Series/1固有のイベント制御やメモリ制約を考慮し、仕様を復元します。

うーん、現代に必要になるだろう業務に十分対応しているように思います。

GeminiがCOBOL/PLIまでは淡々と対応したのに比べて、

  • 「マニアックなところを突かれましたね!EDL (Event Driven Language) と EDX (Event Driven Executive) ですか。」
  • 「おっと、さらに深いところに来ましたね。PL/S (Programming Language/Systems) ですか!」

と反応したのがおもしろい!

今のシステム部には一人欲しい人材です。(一人いれば十分ですが、)

Geminiは、私が昔書いた泥臭いスパゲッティコードも、まるで当時の私以上に理解しているかのように解説してきたのです。

これはプログラムを学ぶ必要性は、もはやまったくないと言えるでしょう。

確かにAIが創出したコードを確認するためのスキルを持ったプログラマーがいても良いかもしれませんが、いなくても良い。

いたところで、プログラマーがAIが作ったプログラムを解読している間に、AIは数百回改善したプログラムを創出するでしょう。

今や相談相手のトップにAIが立つ時代(ここ1〜2年の話)です。論理だけでなく情緒も備えています。

もはや「人間は考える葦である」と言っている場合ではありません。

人間は力仕事に精を出しましょうか! いやそこもロボットがあっという間に強くなりそう?

だってみんなやってるやん!

京都の嵐山にある有名な竹林で、竹の幹に落書きをしようとした米国人に注意したところ、「だってみんなやってるやん!」と言ったとか言わなかったとか。

たぶん関西弁ではなく英語で言ったのだと思いますが、周りを見て多数の落書きがあったので、やっても良いものだと理解して記念に残そうとしたのでしょう。

噴水があれば小銭を放り入れて、小石が積んであれば同様に積み上げるように、ここでは竹の幹に記憶を刻み込むのがならわしだと勘違いするのも仕方がないかもしれません。

だいたい竹の幹に傷がつくとすぐに枯れてしまうということは、なかなか一般的に知識として共有されていません。

その事の重大性を知らしめるのも大切ですが、いったん多数の落書きがされてしまったあとでは、いくら注意書きをしたところで「みんなやっているから大丈夫」という認識は、仕方がないのかもしれません。

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ではありませんが、海外からの旅行者だけでなく、私達日本人にも同じ感覚があるのでしょう。

「落書きが落書きを呼ぶ」とも言いますし、まずは一斉に落書きを消す、この場合は落書きされた竹を伐採することになるでしょうが、ことから始めることになるのでしょう。

落書きや写真撮影など、普段は問題がないことでも時と場所によっては禁止されていることがたくさんあります。

また神社や仏閣でのしきたりや風習、公共交通機関でのマナーなど、私達日本人の中でもこれはどうかという破壊的な仕草で毛散らかしていく人も少なくありません。

これを称して民度と言うのでしょうか?

みんながやっているからと無意識に真似をするのではなくて、自分の行動の影響を考える習慣をつけるようにしたいと思います。