好きなものランキングの功罪

ランキング情報は、現在の「コスパ・タイパ」を重視する人にとっては必須と言えるでしょう。もはや、これがなければ次の行動が決められないほどです。

「情弱」と言われないように、日頃からアンテナを張り、情報を集めて精査する。その努力があってこそ、評価の高い商品やサービスを効率よく手に入れることができるのです。

しかし、ちょっと待ってください。

そのランキングは、本当に正しいのでしょうか?

例えば、最近見かけた「フレンチフライ(ポテト)のランキング」を例に考えてみましょう。 もし、投票者がノミネートされたすべてのポテトを実際に食べ比べた上で投票しているのであれば、それは「味や食感の比較」として成立します。

しかし現実はどうでしょうか。「いつも食べているポテトが一番おいしい(はずだ)」と思い込んでいるだけで、他のポテトを食べたことがない、あるいは近くに店舗がなくて比較すらできない……というケースも多いはずです。

単に「食べておいしかった」と言うだけなら自由ですが、ランキングとなると、本来は**「他の対象と比較して、より優れているか」**を評価しなければ意味がありません。

結局のところ、多くのランキングは「シェア(食べたことがある人の多さ)」を反映しているに過ぎず、認知度の高いものが上位に来てしまうのです。

「ランキングなんてそんなものだ」と達観できている人はいいでしょう。

しかし、「本当に一番おいしいポテト」を探している人は、ランキングを眺めているだけでは、いつまでたっても最高の一皿には辿り着けません。果たして、ランキングに固執することは、本当にコスパやタイパに優れていると言えるのでしょうか?

「みんなに選ばれているからおいしい(はずだ)」という思い込みで、実は自分の口には合わないものを一生食べ続けることになるかもしれません。

かと言って、「ミシュランのような専門家なら正しいのか?」というと、それもまた一つの基準に過ぎず、絶対ではありません。

ランキングを「候補を絞るための参考」にするのは良いでしょう。しかし、最後は自分の舌で試し、納得すること。それこそが、情報に踊らされないための「必須の心得」なのかもしれません。

誰かの犠牲の上にできた料理を食べたいか?

「天才料理人なら従業員を殴ってもいいか?」

この問いに対し、表立って「殴っても良い」と答える人はいないと思います。しかし、現実にはそうした行為に及んでいる人は意外とたくさんいるのでしょう。

先日、超有名レストランの著名なシェフが、店の従業員を調理器具で突き刺したり、壁に押し倒したりと暴力を振るった罪で起訴されたというニュースがありました。

こうした話は、天才ともてはやされた人材には付き物のエピソードのようです。それが大学教授であったり、テレビ局の有名プロデューサーだったり、企業の創業者だったり……。

世間にもてはやされた人に必ず訪れる、「誘惑」に似たものなのかもしれません。

幼少の頃に『裸の王様』を散々読み聞かせられたとしても、いざ自分がその立場になってしまうと、平気で裸になってしまうのでしょうか?

これを抑える術が「人格」と言われていますが、人格は勉強したからといって身に付くものでもなさそうです。

たいがいの大物、偉人と言われる人には必ず裏の顔があって、表が立派なだけに裏の顔の下賤さは格別です。

「人間というのは、表と裏を足したら、ほぼ全員同じ平均値になる」のかも知れません。

日本に限らず、世界中で暴力の根絶を目指しています。ですから、これまでのように誰かの犠牲を払って素晴らしいものを提供したとしても、もはや評価されないばかりか、犯罪者のレッテルを貼られるだけです。

最近になって、平均的に優秀な国民を生み出してきた日本の教育制度が見直され、一部の非凡な人材を育てることにも注目が集まっています。

しかし、それと同時に「人格形成」も重要であるというでしょうか?

どこまで本気かわからない!

高市首相がトランプ大統領と会談し、ホルムズ海峡における日本艦船による商船護衛について「国内法に照らし合わせて可能な範囲を検討中である」と伝えたというニュースが流れています。

これは、米国の介入を国際法違反と見なし、護衛に参加する正当性がないと表明した欧州各国とは対照的な対応です。

そもそもホルムズ海峡を通過する商船の多くは日本をはじめとするアジア諸国の輸送船だと言われています。

中国、韓国、インドなどには死活問題ですが、欧州諸国にとっては「蚊帳の外」の話なのでしょう。紅海での護衛ならいざ知らず、ホルムズ海峡に関しては静観を決め込む彼らの姿勢もうなずけます。

しかし、「海域が危険だから自国の商船は自前で警護せよ」と言われても、そもそも事態を悪化させたきっかけは米国の軍事行動にあるはずです。

日本やアジア諸国が原油輸入の危機に瀕している原因が米国の振る舞いにあるのなら、艦船派遣を検討する前に、まずは経済的損失に対する損害賠償を請求するのが筋ではないでしょうか。あまりにも米国に忖度しすぎていると感じざるを得ません。

さらに、トランプ大統領によるSNSでの断続的な発言が世界中に拡散され、各国がそれに翻弄されています。もし世界中が振り回されているというのなら、不確かなSNSの声には目もくれず、米国の「公式声明」だけを注視すれば良いのです。

果たしてSNSには、世界を動かすほどの信頼性があるのでしょうか?

トランプ氏の発言を芸能人の噂話と同列に扱い、一喜一憂している現在のネット社会には危うさを感じます。

日本の首相には、アジアを代表する国家としての誇りと交渉力を持ち、毅然とした態度でトランプ大統領に対峙していただきたいものです。

参戦の意思表示か?

ドイツの首相がホルムズ海峡への艦船派遣を明確に拒否しています。また以前からスペインとイタリアは米国のイラン侵攻に対して明確に非難しています。

対して日本は、ホルムズ海峡への自衛艦の派遣が法的に可能かどうかを検討すると表明しています。

小泉防衛大臣は、ホルムズ海峡で商船を警護することは警察権であって、その趣旨に基づいて法的な障害がないか検討すると行っていますが、その前にドイツ首相のように戦争に巻き込まれる危惧を想定しないのでしょうか?

防衛大臣は法律家ではありません。法律家は机上で法律の条文を検討するのが仕事でしょうが、政治家は実際にこれから世界で起こることを予測しなければなりません。

「法律的にはこういうことだ」と言ったところで、実際何が起こるかが重要で、そのとき法律は何の役にも立ちません。

ましてや国際法を犯していると言われる米国の要請に従ったとしたら、日本も同罪になることは明らかです。

警察権だと判断したところで、イラン側からの攻撃が日本の艦船に及べば迎撃せざるを得ないでしょう。それを警察権の行使だと言っていられるでしょうか?

今イランに対して攻撃することは、商船の警護ではなく参戦になります。

アメリカの艦船が商船を守るためにイランを攻撃したとしても、そもそも戦争相手ですが、日本とイランは戦争していません。日本の自衛隊が米国と同じことをすれば、参戦したと考えるのが妥当でしょう。

大丈夫か日本の大臣!

後から「そんなつもりではなかった」と言い訳するだけでは通用しないことを肝に銘じていただきたい。

飛んで火に入る夏の虫には早いが

「ホルムズ海峡の安全航行のために艦船を派遣せよ」という掛け声に、世界各国がどう反応するか様子見の状態です。

しかし、戦闘地域に艦船を派遣すること=参戦ですから、参戦するのかしないのかを問うていると解釈するべきです。

そもそもこの戦争を始めたことが国際法に抵触している可能性があるわけですから、第3国がそう簡単に米国に協力するわけにはいきません。

原油の輸送を確保するとは言うものの、派遣要請されているのは商船ではなく艦船ですから、イランの攻撃を受けて反撃しないわけがありません。反撃すれば参戦ですから、艦船の派遣は参戦の意思表示になってしまいます。

喧嘩の仲裁をするときは、素手で中に割って入らなければなりません。武器を持って中に入ったら、それは仲裁ではなく加担。

国際法の逸脱にしても「赤信号みんなで渡れば怖くない」の乗りで突っ走る、冗談を絵に描いたようなトランプ大統領ですから、後世に何と言われようと歴史を捻じ曲げてノーベル平和賞を手に入れようとするでしょう。

これほど歴史的な大事が、SNSの伝言板でやり取りされていることにも脅威を感じます。

政治の白痴化と言われて久しいですが、このような伝言遊びのようなやり取りで、世界中が恐怖に陥れられたらたまったものではありません。

ぜひ素手で中に割って入る、まともな国が登場することを期待します。