アルコール管理アプリ

どうもお正月は(いやその前から)飲酒量が増える傾向がありまして、傾向と対策ではありませんが過度の飲酒を管理するために、スマートホンにアルコール量の管理アプリを入れてみたのです。

Google Playで検索するとあまたのアルコール管理アプリが登場するので、その中の一つをインストールして元旦以降のアルコール取得量を記録しておりました。

最近の研究では、1週間あたり純アルコール質量で140gが健康を維持する限界とされています。これを超えると不健康になる確率が高まるという数値のようです。

一日あたり20gというとアルコール25ml、つまりアルコール度数5%のビール500ml缶に相当します。如何にも取って作ったような数値ですが、ビール業界に忖度した結果でしょうか?

一日アルコール20gというのは、ビール以外のアルコール飲料でも程よい飲み加減で、確かにほろ酔い程度の飲酒なら健康を害することもなさそうです。

飲酒量については、程々に飲んだほうが寿命が伸びるという説もあったり、いやいやアルコールは毒でまったく飲まないのが健康に良いという説もあります。

個人的な見解としては、治療で細胞を殺すときに体内にアルコール注射をすることから、かなり危険な毒であることは間違いなく、ただ肝臓の働きでアルコールを無毒化することができるだけで、体に良いものでないことは確かです。

あとは、アルコールによって気分的なリラックス効果等によって、それ以上の健康的な効果があるかどうかでしょう。これは人によりけりのところが大きいかも知れません。

さて、スマホアプリですが、アルコール飲酒時に記録して、それがグラフになったり、週や月ごとの集計が自動的にされるのですが、記録するのがなかなか面倒です。

禁酒を励んでやっている人なら、その結果を記録することでモチベーションが上がるでしょうが、たくさん飲みたい人には飲むたびに記録すること自体が苦痛!

タクシーのメーターが上がるのを見ているのと同じ気分です。

しかし、グラフ化すると確かに明瞭に飲酒量が把握できますし、目標の週140gに比べて何%超過しているかが数値化されるので、飲酒量を管理するのにかなり効果的です。

ですから問題は飲酒量を管理したくなくなる気持ちに、どう打ち勝つかです。

まあ、管理しなくても度を過ぎなければ良いのです。どうせ度を過ぎたときは記録できなくなりますから。(証拠を残さずに飲みたいだけ!)

新聞めくり魔

今の時代に通勤電車で新聞を読むというのはどうでしょうか?

人好き好きにやれば良いのですけど、ちょっと気になったのでコメントを。

私が使う通勤電車は、以前より新型コロナ禍で多少空いているでしょうが、それでも自由に腕を伸ばすほどには自由が効きません。

いつも乗る車両のドア近くに、2人の新聞めくり魔(おじさん)がいます。

別に電車で新聞を読むのは自由ですから構いませんが、やたらとページをめくるのはやめてもらいたい。

いやもちろん個人の自由ですけど、今の時代にスマートホンでなく紙製の新聞を読む時点で、かなり曲者であったりするわけです。

それほど自由が効くスペースがあるわけではないのに、ペラペラ、バラバラと新聞のページを捲り続ける、狭い電車の空間で。

めくってじっくり読むならまだしも、ほんの5秒か10秒もしないうちにまたページをめくる。この人は、新聞を読んでいるのではなくてめくっているだけ。

なるほどスマホではなく、紙製の新聞でなければいけない訳だ!

30分ぐらい電車に乗り合わせている間に、数十回ページはめくっています。そんなに新聞にページ数あったっけ?

まあ趣味は人それぞれですから、別にかまわないのですけど、そう頻繁にページをめくられるとこっちが落ち着かないです。

で、そのめくり魔を避けるように次の日に電車の乗る位置を変えたら、そこにはまた別の悪魔が! (うわぁ~!)

信号グランプリ

私が幼少の頃(昭和40年代始めの頃)、交通信号はまず青が点滅してから黄色、そして赤に変わりました。

若い人のために解説すると、青点滅は「もうすぐ黄色になるよ~」という意味。

だから青点滅なら「急いで進めば間に合うよ」という感じだったので、青点滅で止まろうとすると後ろからクラクッションが鳴りました。

つまり黄色は止まれ、もしくはできれば止まれだったのです。

昔は止まることが今より重要視されていましたから、逆に青になればまっすぐに突き進んでいくのが常でした。

反対側の信号が青点滅から黄色になったらすでに発進モードで、全部の信号が赤になることもなかったですから、青になってチンタラしているドライバーなどいませんでした。

信号グランプリと言って、複数車線に並んだ車が青信号と共に一死にスタートする様が、普通の光景だったのです。

時は過ぎて今の日本。青信号になってもすぐにスタートしない車の多いこと!

日本人はほんの数十秒の間でさえ気を抜いてしまって、青信号に反応できなくなってしまいました。

私の限られた範囲で恐縮ですが、ドイツを始めとするヨーロッパの国々、のんびり運転のアメリカでさえも、青信号ですぐにスタートしない車は見たことがありません。

確かに信号グランプリが危険だということで問題視されたことがありました。

しかし、今の日本にはバイタリティがなさ過ぎ、緩み過ぎ感が凄すぎる。

だから生産性も下がりっぱなしで、経済力も下がったままであることが当然のように思えます。

安全な国だからそれでいいという考えもあるでしょう。

でもそれって本当に幸せですか?

鉄腕アトムが好きになれない理由

私が子どもの頃、TVアニメが流行りだした頃でした。(と言うか、テレビが一般家庭に普及した頃で、アニメという言葉はまだなく「テレビマンガ」と言っていました。)

鉄腕アトムは今に至っても健在で、ロボットを超えて将来のアンドロイドの登場を示唆する、科学技術の進む道を象徴した対象として、日本人の感覚の中に入り込んでいます。

最近、アトムのアニメで効果音を担当されていた方が亡くなったというニュースがありました。特にアトムの歩行音が有名だったそうですが、確かに単なる機械音でなく人間味がある効果音が、アトムの特徴の一つであったような気がします。

ただ、昭和30年代の頃を思い出すと、私はアトムより鉄人28号の方が好きでした。

アトムは人間味が濃すぎて、ロボットというより人間を超越した存在に仕立て上げられている感じがしました。何となくアトムに人間が下に見られているというか、アトムの言うことやることが正義だと押し付けられているところが、子どもながらに嫌でした。

JR新長田駅前の鉄人28号

その点、リモコンを取られたらすぐに悪者に利用されてしまう、「ガォー」としか叫ばない鉄人28号の方がよりロボットらしく感じられ、「人の役に立つ機械」という感じが好きでした。

当時グリコのおまけが人気でしたが、鉄人28号はおまけに入っていることがありましたが、アトムはなかったような気がします。(著作権使用料が高かったのか?)

大体、アトムのテーマソングの中の、「ジェットの限り~」とか「科学の子」という舌足らずなフレーズに違和感がありました。(「ジェット燃料の続く限り」とか「科学が生んだ子」だろうと。)

そんなこんなで、あれから50年以上が経っても未だに鉄腕アトムには違和感を感じて、JR新長田駅前の鉄人28号のモニュメントには定期的にお参りするのでした。(これはお参りと言うのか?)

倍速視聴

最近のZ世代は映画を倍速で視聴しているというニュース。

世代によって快適に思う速度が異なるそうですが、若い世代になるに従って高速化して、Z世代は1.5倍速が快適に感じるそうです。

映画に限らずYouTubeや大学の講義などでも基本は倍速再生で、重要なところや聞き取りにくいところだけノーマル再生にするそうです。

英会話の学習で速いスピードで聞き取る練習をしておくと、通常のスピードで聞き取りやすいといったメリットもあるでしょう。

アナログ技術では音のピッチが変わってしまって、甲高い声になって聞きづらいですから、デジタル技術の恩恵の一つと言えるでしょう。

遠い過去を思い起こせば、1970年代の大学受験と言えば旺文社が参考書や模擬試験を牛耳っている時代がありまして、その勢いで「大学受験ラジオ講座」が受験生の定番番組であったことがありました。

毎日夜の11時ごろからスタートする講義は、1講義30分で2本立て計1時間の番組で、英語、数学、国語の主に大学教授による受験指導は大変人気がありました。

毎日のように1時間講義を聞くというのは結構大変です。

そこで、当時オープンリールテープレコーダーを使って、4.75cm/sのスピードで録音して9.5cm/sで再生するという、正に2倍速で1時間を30分に縮めて拝聴しておりました。

時間が足りないときに倍速を使うというのは、今も昔も変わりません。

ところで、最近の映画やテレビ番組は、規定の時間(尺)を満たすために水増ししている事が多々あります。

例えばテレビのバラエティ番組で、同じ場面が何度も繰り返し出てくることが多くなりましたし、映画でも話の筋に進展がない退屈な場面が延々続くことが多くなりました。

そこで自由再生速度が変えられるデジタル環境があるのですから、倍速再生をするのは当然と言えましょう。

番組制作者からすれば、せっかく苦労して作り込んだのだから、通常の速度で再生して欲しいという気持ちなのでしょうが、ノーマル再生に値しないと評価されたのだからそれだけの作品だということでしょう。

今はまだ倍速視聴が新たな傾向としてニュースになているだけですが、そのうち著作権がどうのこうのという問題に発展しそうな気配です。

成り行きによっては、ビデオやYouTubeの再生速度変更機能が違法とみなされて、禁止されてしまう可能性もないとはいえません。

製作者と視聴者でもっと議論をする必要があるかもしれません。