「テレビって生だから」

フリーアナウンサーの久米宏さんの口癖だったそうです。

アナウンサーという職業は、ニュースを読んでいるときは全く人間味を消して機械のように正確に喋るだけです。

しかし、久米宏さんが出演されていたニュースステーションは、かなり個性を全面に出しておられて新鮮でした。

その後、アナウンサーはニュースとして読み上げるだけではなく、コメンテーターの意見をうまく引き出したり、最後にまとめるオチを付けたりする能力が問われるようになりました。

最近、テレビの凋落が問題になることが多いですが、インターネットとテレビは決定的な違いがあって、その違いを生かさないとお互いに足の引っ張り合いになるだけです。

「テレビって生だから」とは名言です。

インターネットではかなわないBroadcastという特徴を、うまく言い当てていると思います。

じっくり時間をかけて良い番組や、あるいはコストを掛けずに間違いだ素人感がある番組を作るのなら、インターネットに任せておけばよいのです。

現在テレビ番組の大半を占めるのは、そのようなYouTube並みの信頼度と緊急度の番組ばかりです。

何ならYouTubeの投稿を集めただけの、二番煎じのような番組も放送されている始末です。

これでは「生」を強みとするテレビの必要性はありません。

広告費の減少によってテレビ局の運営が以前のように叶わなくなってきましたが、今こそテレビ・放送の原点に返って、真剣に番組の制作をテレビ局の手でやりなおさなければならないのではないでしょうか?

お金の貯め過ぎが本当に問題なら

老後に必要な貯蓄額が話題になることがあります。

「老後2000万円問題」を発端として、フィナンシャルプランナーや士業業界の方々から、その妥当性や不合理性が唱えられることがあります。

「そんなに貯蓄がなくても大丈夫」だとか、「世間の平均貯蓄額はもっと低いよ」なんていうコメントが溢れていますが、一方で「50歳を過ぎたら老後資金の貯蓄はNISAで」などという貯蓄症例キャンペーンも盛んです。

確かに会社員や公務員で十分働いた方なら、年金だけでほとんどの生活費は賄えるかもしれません。

しかし、生活費と言っても人それぞれに必要な金額が違いますから、どこまでが十分でどこからが不十分かなんて人それぞれです。

また老人が貯めた老後資金を、子どもが貪り合うといった悲惨な事例も報道されています。

つまり、自分の老後を保証してくれる人や制度がないことが根本的な問題なわけです。

これは銀行や証券会社では解決できないので、保険会社が本領を発揮しなければなりません。

満たすべき要求は2つだけ。

  1. 老人が貯めたお金で、贅沢でなくても十分な生活環境と、適切なサポートを受けられること。当然食事、住居、医療、その他の娯楽までも含めた総合的な生活を保障しなければなりません。
  2. もしお金が余ったときは、親族に適切に残ったお金を配分できること。

これを信託銀行や弁護士がしゃしゃり出てきて解決しようとすると、問題が複雑になるだけでいざこざが発生します。

何のことはない、保険で解決すればよいのです。

世帯平均の支出率で計算された生活費と平均余命から保険料を計算し、さらにどのような住居・施設を終の棲家にするか、医療費はどのように分担するか、最後は残ったお金をどのように親族に配分するかだけをオプションとして決めてしまえば良いのです。

無駄にお金を残して、世話にもなっていない、あげたくもない親族に相続した挙句、法外な相続税を国に摂取されることもなくなるでしょう。

実際の問題として、いつまで生きられるか分からないところが一番難しいところで、その確率的にしか論じられない寿命に対して、一番最適解が出せるのは保険制度です。

確率的にどれだけの保険料が必要になるのか計算するのは、保険会社のお得意分野です。

現在の老人ホームにはリスクがあって、何歳以上まで生きてしまうと初期の入居金が切れてしまいます。

金の切れ目が縁苑の切れ目! 追加で支払うか見捨てられるか?

今の老人ホームの運営は恐ろしい状況です。姥捨山以外の何物でもありません。

それが保険なら確率論で裏付けられた保険料を払うだけで、一生涯の保証を得ることができるのです。

名付けて「終身生活保険」!

実に安っぽい名前ですが、老人には一番安心できるのではないでしょうか? 

ふつうに生活することが最も困難なのです。

炎上・フェイクニュース・偽情報の根源

いや別にSNSが流行る前から偽情報はありましたよ。

神戸で震災があったのは1995年。まだスマートホンどころか携帯電話が普及する前でしたが、何処かで有毒ガスが流出したというニュースが流れたことがありました。

ですから、SNSが嘘の根源とは言いませんが、SNSが蔓延ったおかげで嘘が出やすくなった、流布されやすくなったのは否めません。

情報は其の前にデータがあって、初めて情報となるのです。データがない情報はすべてデマで、それは犯罪です!

ですがそれを取り締まる法律がないうちは、犯罪とはなりませんから野放し状態です。(こら国会、早く法律制定しろよ!)

場合によっては、デマは実際の災害より大きな被害を出す可能性があります。

この原因は、安易に誰でも情報としてデータがない、つまり根拠が説明できない情報を広めることができるIT産業(あえてIT産業と言っています)に問題がります。

放送局が、担当したアナウンサーやMCが喋った言動に責任を負うように、SNSを運用する企業は企業収益の元となっている情報に責任を持つべきです。喋った人の勝手だなんてことは許されません。

2026年はIT企業と称するものは、自分のビジネスの源流である情報に対して、当然の管理能力を発揮して、まともなSNS環境に改善してもらいたいものです。

なにかおかしい?

すでにほとんど、おそらく90%の方は気づいていると思います。

「なにかおかしい?」と。

いわゆる一過性の喧嘩というのは、いつも急にやってきて知らない間に過ぎ去っていきます。

その影響はまさに一過性であって、思いださない限り何があったかを後からたどることはできません。

「しかし、今起こっていることはどうもそうではないらしい。」

これからずっと人類が怯えていかなければならない事態がついに起こってしまったことに、うっすら気づいている賢明人が90%いると思うわけです。

いやそれはいつの時代もおかしいことは、山ほど起こっていましたよ。

そもそもニュースに出るようなことは、おかしい、つまり「おもしろい」方のおかしいではなくて、「異常」の方のおかしいなことが多いわけで、いつの時代もニュースは溢れています。

おかしいことが多いのは相変わらずですが、テレビのニュースの時間は昔から決まっていて、新聞の紙面も限られています。

だけどおかしいことが同じ程度で起こっているとは限りません。

いつも同じ程度のおかしい事が起こっているように考えがちですが、本当にそうでしょうか?

勇気を持って正さなければならないおかしなことは、身の回りにありませんか?

大阪万博2025が終了して

開幕前から揉め事が多かった大阪万博でしたが、終わってみたら十分な入場者と運営費が黒字になったことで、万博の成功を祝う言葉もたくさん飛び交うようになりました。

関西限定で盛り上がっていたという話もありますが、インバウンドの影響もあって宿泊を伴う国内力に対するハードルが上がっていますから、日帰り旅行限定になってしまうのは仕方がないことかもしれません。

ニュースでインタビューされている人の中には、20回以上訪れたという人も多く感じますが、最初からそのつもりで通期パスや季節パスを購入していれば、自ずと訪問回数は増えるでしょうから、総入場者数も少し差っ引いて考えないといけないかもしれません。

開催費用や開催テーマ、大屋根の建設コストや3億円トイレなど、最初のうちは無駄な税金の使い方の避難が集中していましたが、実際に利用してみるとそれぞれの価値を認識するようになって、不満が徐々に収まってきたようです。

半年の会期が終われば解体撤去される前提で作られたパビリオンなどは多いのですが、2割ぐらいは解体移転後再利用されるそうですから、それなりにサステイナブルを考慮しているのではないかと思います。

ただ、再利用というといかにも低コストで資源を大切にしているように感じますが、大屋根に関しては残すことがサステイナブルかどうか怪しいところです。

1970年の大阪万博でも、閉幕当初は保存前提の鉄鋼館に加えて、日本館と大屋根も残すはずでしたが、いざ保存して行くとメインテナンス費用が巨額で、数年の後に日本感と大屋根は撤去されることになりました。

今回の大屋根も、期間中のように大勢の人が上って歩き回るのなら存続の意味はあるのでしょうが、閑散とした記念公園にたまに散歩に来る人が利用するだけでは、維持できるでしょうか?

場所が不便なだけに、記念公園にしても余程高い入場料を取らなければ、大屋根のメインテナンスコストを賄う事は到底できないでしょう。

奇をてらったバカでかい木造建築が、ここにきて仇になってしまう可能性が高いです。

今回の大阪万博が、最後の最後に行政の長年の重荷になってしまわないように、入場料が黒字だったと浮かれていないで、今後の維持コストについても真剣に考えていただきたいものです。