ビッグモーターの保険金不正請求事件。
車の修理に携わる人なら、少しは車に対して愛がありそうなものです。いくら売上を増やすために上司から命令されたとは言え、さぞかし悲しい思いでやっていたことでしょう。
朝日新聞の記事で、車は「愛車」というぐらいに特別な思いを持って所有するものであると書かれています。そう言えば、それほど愛~という表現は多いわけではなく、「愛車」、「愛妻」、「愛社」、「愛国」はあっても、「愛スマホ」、「愛時計」などはなく、せいぜい「愛用のスマホ」や「愛用の時計」というように、少し愛のレベルが下がるような気がします。
家を建てても「愛家」にはならず、「我が家」や「終の棲家」というように愛とはまた違った感覚で表現しているように思います。
今では「愛社」や「愛国」にどれほど意味があるのか分かりませんが、車には一緒に出かけた思い出が詰まっていて、少しペットに近い感覚があります。
昔一世を風靡した「愛のスカイライン」というキャッチフレーズがありましたが、それぞれの人生の一コマを一緒に歩んだ軌跡が刻まれていて、年配の人なら所有した車の遍歴が人生を転機を如実に物語っているのではないでしょうか?
「いつかはクラウン」というフレーズも、90年代ならそのままほとんど人が受け入れていたのではないでしょうか?
レクサスが登場したあたりからややこしくなりましたが、パブリカ→カローラ→コロナ→マーク2→クラウンという階層構造が、日本の社会や人生設計をそのまま反映していたように思います。
今は車に愛を感じる余裕などないのでしょうか?
すべての大量消費や使い捨てを、地球規模で止める時期が来ています。