マイナンバーカードとデジタル化

マイナンバーカードの普及を進めれば進めるほど、システムの不備が発覚する毎日です。

健康保険証の機能を取り込もうとすると、健康保険被保険者番号との連携に間違いが見つかり、公金の受取口座として個人と1対1に紐づいた銀行座を期待したら、家族で同じ銀行口座を指定していることが見つかったり。

どうやら住所もかなり怪しいらしく、そもそも住所システム自体がカオスであり、住居表示と地番表示が地域によって統一されていなかったり、同じ住所の漢字の読みが何通りもあったり、同じ地番に複数のビルが建っていたりと、よく郵便屋さんが毎日間違えずに配達しているものだと感心したり、誤配があるのも当然と思ったり。

そもそも地名なんて勝手に住んでいる人がローカルに通じれば良いと考えて、自然発生的に決めたものですから、全国で一意的に定まるわけがありません。

名前の漢字や読み方が戸籍によってまちまちで、昔、戸籍を筆で書いたときに落ちた墨がそのまま「点」として新しい漢字が生まれたという話があったりして、これではアナログと言うよりアートです。

このままアナログ的な住所や氏名を相手にしていては、いつまで経ってもデジタル庁の名に相応しいマイナンバーカードが完成しないのではないかと思います。

氏名や住所のデジタル化が容易でないなら、マイナンバーカード上では実用上支障がない程度のゆるい結合にとどめて置くのも一計かも知れません。

デジタル庁ではAIを使って住所のゆらぎを取ることまで検討しているそうですが、住所自体が揺らいだままでは将来また別の問題に悩まされることになりかねませんから、AIでゆらぎを取った住所をデジタル住所として公式のものとして、歴史的な住所は通称として残すのも良いかも知れません。

このまま突破力でマイナンバーカードをまとめ上げることができるか、マイナンバーカードとともに吹っ飛んでしまうか、デジタル庁は今が正念場かも知れません。

ところで個人と銀行口座は紐づいていましたっけ?

マイナンバーカードに紐付けられた銀行口座が、本人名義でないものがかなりの数に上っているという問題。

家族が意図的に都合が良いように、家族間で銀行口座を使い回しているケースもあったということですから、家族で家計を一括して管理する日本的な風潮が残っているのでしょうか?

中には子どもに入金される公金を、親が使い込むために子どもの口座をわざと指定しないケースもあるようです。

そもそも長い間、銀行口座を新規に作るときに本人確認などしなかったですから、実在しない名前で口座などいくらでも作れていました。

マイナンバーカードを利用するからと行って、勝手に政府が厳密に個人に一つの銀行口座が紐づいていると仮定しても、思ったとおりに事が運ぶとは限りません。

人や家族によって、それまでの長い間使い慣れた方法というものがありますから、既存の銀行口座で個人の公金を管理することに無理があったのかも知れません。

いっそのこと、マイナンバーカード専用に全く個人に一対一で紐づいた証明付きの口座を新規に作成して、マイナンバーカードの関する入出金を全て一括で管理すると良いのでしょうか?

しかしそうすると、マイナンバーカードで既存の銀行口座を掘り起こそうとする政府の思惑が外れてしまいます。

まあ、ほとんどの日本人と銀行口座が完全に1対1に紐づいたものになるまで、おそらく20年ぐらいかかりそうですが、マイナンバーカード運用に支障を来しながらだましだまし運用していくことになるのでしょう。

マイナンバーカードのシステムに、個人個人で勝手に管理してきた銀行口座を流用しようとしたのがそもそもの誤りだったのでしょう。

マイナンバーカードより先に、官営口座を整備しておく必要があったのかも知れません。

ひょっとして、健康保険も新規に官営で設立する必要がありますか?

傘の持ち方

これからしばらくは梅雨で傘を持ち歩くことが多くなりますが、J-CASTニュースに眼科医の傘の持ち方への提言が掲載されています。

眼科医が傘の持ち方を指南する時点で、人の目を突いてしまう危険性があることを伺わせますが、確かにどうしてこう無頓着に傘を振り回して歩けるのだろうと、疑問を感じる人に出くわすことがあります。

日本は雨が多い気候で傘を持ち歩くことに慣れているはずですが、人混みにおける傘の持ち方が相変わらず下手です。

英国紳士は長傘で周りの人を突いたりしないのではなかろうかと。

傘で人の目を傷付けるのなら、傘の設計が悪いと開き直るつもりでしょうか?

先が尖っているのは持っている人なら自明ですから、たとえ設計がまずいとしても、それを見て知って持ち歩く人に責任があります。

「後ろに人がいると思わなかった」とか「傘の先端が目に当たるとは思わなかった」などという言い訳を並べそうですが、このようなことは小学生でも分かることですから、ほぼ故意に危害を加えようとしていると認定されても仕方ありません。

どうも日本人は他人の領域を平気で侵食する傾向があると思います。

島国だからでしょうか、隣国に領土を攻め込まれないためか、自分の体や持ち物の一部が他人に当たっても一向に気にしません。これは老若男女問わずです。

このようなときは、裁判の厳しい判決が出ないとことの重大さに気づかないのが、日本人の常なのでしょう。

マナー以前の問題です。

無意識のうちなら他人に甚大な危害を及ぼしても、自分に責がないという教育を受けてきたのでしょうか?

もう少し自分が周辺にどのような影響を及ぼしているのか、考える必要がありそうです。

  1. 傘の先端が後ろの人の目を突こうとしている!
  2. 振り回した自分のリュックサックの紐が、隣の人の頬をひっぱたいている!
  3. 開いている新聞が隣の人の顔をこすっている!
  4. コックリ居眠りをして隣人に髪の毛ごと委ねている!
  5. かかってきた電話で知らぬ間に大声でほぼ怒鳴っている!
  6. 少しだけと思ってスナックを食べたら強烈な匂いを撒き散らしている!
  7. コーヒーを持ち込んだら急に揺れて溢れてしまった!
  8. そのほか自分では些細なことだと思っているが実は大迷惑なことが、、、

ラウンドアバウト(環状交差点)の存在価値

毎日通る構内道路に俗に言うランドアバウト(環状交差点)があるのですが、交差点を出るところで方向指示器の操作をする運転者がほとんどいないために、どこで交差点を出るのか分らず歩行者が右往左往しています。

そもそもランドアバウトのすぐ出口に横断歩道がある時点で、ランドアバウトとしての機能である途切れない車の通行を妨げてしまいますが、それほど交通量が多いわけではないのでまあ問題ないかと。

交通量が少ないならラウンドアバウトの必要がないではないかという意見もあるでしょうが、それはさておいて(さておくのか?)海外ではよく見かけるランドアバウトが、国内の道路交通法で制定されたのは2013年ということらしいので、まだ導入されてから10年しか経っていないので正しい利用方法も知れ渡っていないということなのでしょう。

ラウンドアバウトは信号機無しで平面交差を行うため、信号待ちせずに連続的に交差点に侵入できる利点があります。

つまり交通量街多いところで効果を発揮するわけですが、それなりに広いロータリーを形成しなければならないため、既存の道路を拡張して設置するのは難しいようです。

スペースに余裕がある箇所に限られてしまいためなかなか通りがかる機会がないので、ラウンドアバウトにどのような法規制があるのか知らない人が多いのではないかと思います。

基本的に環状交差点へは、環状部の交通が優先されるので徐行で進入し、出るときは手前の交差点を過ぎてすぐに左側の方向指示器を出して、目的の進路に進みます。

つまり流入時や環状路に留まっているときは、方向指示器は要らないというのが日本の法規のようです。

従来から利用している国々では、環状部で内回り方法への方向指示器を出し続けるイギリス式と環状部では出さないドイツ式があるようですが、その他にも国ごとに法律やしきたりがあるようです。

日本では侵入時に徐行となっていますが、本来USなどのようにこれから合流する流れを優先するYieldという概念が、日本の法規にも必要なのではないかと思います。

徐行と言われても許される速度が明確でなく、いくら徐行したところで安全確認を怠れば意味がありません。

今後日本でそれほどランドアバウトが普及するとは思えませんが、突如として目の前に現れたときに適切な対処ができるように、知識として知っておくのは必要だと思いました。

マイナカードと健康保険

マイナンバーカードと健康保険証を連係させた途端、医療機関でマイナンバーカードで健康保険情報にアクセス出来ないトラブルが相次いでいるようです。

ある医療機関では、マイナンバーカードで参照できないケースが3割にも及んだと言いますから、動かないコンピューターそのものです。

しかし、いくらなんでも3割でアクセスできないというのはあり得ませんから、マイナンバーカードがあれば何もしなくても自動的に健康保険証としても使えると思い込んだ人が、多かっただけなのでしょう。

日本人のシステムへの理解度はその程度だと言うことを政府はもっと理解して、マイナンバーカードの普及を急ぎすぎないようにしなければなりません。

マイナンバーカードの普及を早めたいがために、いかにもマイナンバーカードさえあれば何でもできるがごとく宣伝しすぎたのかも知れません。

このようなトラブルでは、なかなかシステム開発業者の名前が公表されないものですが、今回はあっさりと富士通の名前が大々的に知れ渡ってしまいました。

悪い商習慣で、富士通は元請けだから技術力がないのは下請けだと言う人がいますが、下請けをレビューする事ができなければ、それは下請けを使う技術力がないということ。

健康保険証との連係トラブル以外にも、コンビニで住民票や印鑑証明書を印刷しようとして、他人の証明書が出てきたという問題もありました。

そもそも住民票や印鑑証明書をいくら役所以外で印刷できるようにしたところで、省力化やペーパーレスにはほとんど役立ちません。

その住民票や印鑑証明書は相変わらず紙に印刷されていて、それを郵便や手渡しで相手に送って手続きをすると行った処理が昔のままでは、印刷工程だけをシステム化をする意味がほとんどありません。

マイナンバーカードで新しい日本の行政システムを作るというのなら、住民票や印鑑証明書を廃止するところから手を付けるべきでしょう。

2段階認証や生体認証など、本人の認証システムはどんどん新しくなっているのに、いまだに住民票と印鑑証明書が必要でしょうか?

富士通は、一旦システムをシャットダウンして改善するそうですが、マイナンバーカードも含めて、システム全体を見直したほうが良いのではないかと思います。

新型コロナの追跡システムは短期間の一時しのぎでしたから、いい加減なシステムでも許されたかも知れませんが、マイナンバーカードは今後数十年は使い続けることになるでしょうから、もっと慎重に開発するべきでしょう。

このまま前時代的なシステムを将来に渡って世話をして行くなんて、勘弁してもらいたいものです。