ジャニーズ事務所の行く末

そもそも海外、しかもBBCという地味でありながら、一番信頼性が高そうなところから指摘されたという時点でアウトです。

これがゴシップ系やアメリカのCNN以外の放送局ならいざしらず、誤魔化しが一切効かないことを理解した時点で全てジャニーズ事務所を清算するべきだったでしょう。

ということはまだ誤魔化しが効くと勘違いしている訳で、それは当の事務所もそうですし、日本のマスコミも誤魔化せると信じているのでしょう。

しかし、それはBBCの威力を知らないからでしょう。本来マスコミというものは容易に世界を変えることができるのです。(日本には本当のマスコミと言えるものがないのかもしれません。)

日本の報道ではどうも会社経営に興味があるのか、株をだれが100%持ったままだとか、事務所の名前が変わらないからどいうだとかという報道が多いですが、そんなことは些細な話で、どうこの問題に決着をつけるかという視点が抜けているように思います。

もっと言えば、ジャニーズ事務所を温存することでマスコミの意見は一致していると言えるでしょう。元より存続がありきです。

平気でこのように考える辺りが日本の倫理観がもともと欠如している現れなのでしょうが、そこを世界中から見られているのです。日本人のことだけを考えていては事を仕損じるでしょう。

まだ政治に話にするほど大したことではないと考えている日本人が多いでしょうが、ただでさえ性的奴隷問題で世界中から非難されている日本が、この問題をいい加減な対策でお茶を濁そうとしたら国家の信頼に関わる事態になるでしょう。これはとっくに政治の問題です。

一芸能事務所の問題に留めることなく、今後起こりうるあらゆる性的差別問題解決の見本となるような解決が望まれているのです。

健康保険の被扶養者検認は面倒だがワレモノ

今年も忘れたことにやってくる、健康保険の被扶養者検認作業。

健康保険の被扶養者であることを証明するだけで、どうしてこんなに面倒なことになるのか、いつも疑問に思っておりました。

マイナカードで便利になるというのなら、真っ先にこの検認作業を自動的にできるようにして欲しいものです。

いやっ、それは無理でした。まず健康保険がマイナカードに紐付けられて初めて検認作業に付す事ができるので、まだまだマイナカードはそこレベルに達していないということのようです。

しかし、検認作業はけっこうシビアというか融通が利かないと言うか、そもそも健康保険事業者によって被扶養者の資格条件が微妙に異なっています。

健康保険はいざとなったら最後の受け皿に国民健康保険がありますから、あくまでその他の健康保険はあればベターといったオプション扱いになっている関係で、けっこう好き勝手な被扶養者の条件を設定しているケースがあります。

ですから被扶養者に検認されるかどうかは健康保険の担当者次第、被扶養者になれるかどうかは客観的な判断で決定するとは言い難い状況です。

その結果、扶養家族が被扶養者として健康保険に加入できるかどうかはやってみなけれ分からない場合が多く、加入できた健康保険がどこになるか最後まで分からない可能性が高いのです。

マイナンバーカードの健康保険への紐づけといっても、健康保険の加入状況が毎年のように変更されていては、いつまで経ってもマイナカードは健康保険証として利用する確実な方法ではなくなるでしょう。

これまでの健康保険証でさえ、なかなか新規発行や退職などによる返却が速やかに行われることは困難でしたから、その後から手続きを行うマイナンバーカードが健康保険証として利用できるようになるまでに相当な時間を要するでしょう。

政府のデジタル化を進めるには、まず無駄な手続きの廃止や簡略化を10年ぐらいかけて十分に行う必要があると思います。

現状の面倒で複雑な手続きをそのままデジタル化しようとすれば、システム化によってかえって修正・変更ができない「動かないコンピューター」ができるだけです。

「急いては事を仕損じる!」

一度立ち止まって周りをもう一度よく観察した方が良いのではないでしょうか?

企業が売却される局面でストは有効か?

今回の結論からいけば、有効ではなかったようです。

ストは駆け引きですから、相手が駆け引きに乗れる状況なら有利に活かすことができるかもしれませんが、相手がもっと危機的な状態の場合、ストによって状況が変わるものではないのでしょう。

経営者側にいわゆる嫌がらせ的なインパクトしか与えられませんから、すでに経営が正常にできない経営者はストにかまっている場合ではありません。労働者的にはストに参加するふりをして、転職活動に励むのが正解だと思われます。

ストは売上が減るわけですから、経営は継続できるけれども従業員の給与は減らしたいという、経営者の戦略に対抗する手段として、まだ経済が成長過程では労働者の常套手段として有効だったのでしょう。企業が身売りする段階で有効だとは思われません。

おそらく地元客に従業員の悲惨な状況を伝える効果はあったと思いますが、地元客にとっても、同じ場所に別の経営者になった新しい商業施設ができるのなら、現在の従業員が継続雇用されるかどうかはどうでも良いことで、よほど人気があった店員なら継続してもらいたいこともあるかもしれませんが、普通ならどうでも良いことです。

昭和40年、50年代ならいざしらず、令和の時代に潰れつつある企業に継続雇用を保証しろと要求しても、土台無理です。

ということで、縮小傾向にある今の日本においてストが有効になるケースなど殆どなく、「嫌なら騒がずにやめる」というのが正しい行動指針のような気がします。

飽きられる観光資源

中国からの団体旅行が解禁されて、インバウンドが最盛期と同じぐらい増えることが一部の業界では期待されていますが、一方でオーバーツーリズムによる生活への影響が心配されています。

オーバーツーリズムは、観光客で儲かる人とただ単に迷惑を被る人が別だから問題になるわけで、儲かっていれば多少の不自由は我慢できるでしょうし、何のメリットもない人はただ生活が不便になるだけでおもしろいことは何もありません。

だいぶ昔のことになりますが、海外から京都に来ていた御婦人に、京都には寺と神社以外に見るものはないのかと聞かれたことがありました。

どこに行っても同じような寺と神社ばかりで、まともな博物館や美術館、動物園などがないことを憂いていました。

そもそも京都の神社仏閣は、観光客のために作られたわけではありませんから、その配置や観光としての利便性が考えられていません。

ディズニーランドのように、初めから人の流れや所要時間、待ち行列の施し方など、設計して作り込まれたものとは違いますから、海外から来て観光するのには、興味を持って効率よく回ることを工夫しなければ、疲れるばかりで退屈な旅行になる可能性があります。

ところで、最近は東京や京都などの都会ではなく、地方都市や自然の風景を楽しもうとする海外旅行客が増えているそうです。

それだけ日本の観光資源が豊富であると捉えることもできますが、逆に都会の観光資源はすでに飽きられている可能性もあります。

旅行が異文化や未経験なことに触れるのが目的だとしたら、日本の都会の景色はそれほど世界の他の都市と変わるものでもなく、日本の伝統が息づく地方の方が異文化を感じやすいのかもしれません。

京都の寺や神社も、海外にもっと深く理解してもらえるよう文化や伝統を深く印象づけるような志向を凝らさなければ、海外旅行の興味の対象として選ばれなくなる可能性があるでしょう。

インバウンドで経済が潤うのを喜ぶだけでなく、日本の観光資源を磨き続ける努力が必要なのかもしれません。

在宅勤務は定着しなかった?

マイナビニュースに、コロナ禍で定着したかのように見えたテレワークが、最近の調査では22.2%まで減少してしまい、コロナ禍以前のレベルに近づいて来たというニュースが掲載されています。

様々な勤務形態の3万人以上のコロナ禍前後のテレワーク率を比較したそうです。

外出の制限からテレワークが始まった2020年3月は13.2%のテレワーク率で、2020年4月以降25%を下回らなかったが、2023年7月は22.2%に下がったということです。

下がったと言っても22.2%とコロナ禍以前に比べると高いですが、今後徐々に下がっていくことが予想されます。

従業員規模で分けた統計も出ていましたが、大企業が40%前後の実施率であっても、小規模の企業の場合は再考でも15%程度とかなりの隔たりがあります。

またテレワークの実施とは何を指しているかというのも曖昧で、どこまでこのアンケートの結果が正しいのか分かりませんが、電車に乗っている感覚からするとそれなりに正しい雰囲気はあります。

全業務時間の5分の1がテレワークで行われていると解釈すると、かなり利用されていると考えられます。

業務の寄って在宅勤務で問題がなかったり、かえって効率が上がるものもあるでしょうが、共同作業が多い場合やコミュニケーションや討論が主体の業務なら、テレワークが向いていないことがはっきりしたのかもしれません。

企業の中には慌てて本社の規模を半分にしたところや、従業員でも郊外にマンションを購入したりした人もいて、社会が大きく変わる期待もありましたが、それほど極端な社会変化は起こらなかったということでしょうか?

本当は。テレワークが拡大した機会に社内手続きの簡略化や印鑑の廃止などを行えば、コロナ禍によって経費削減や業務の効率化が同時に行えたのでしょう。

そのような「災い転じて福となす」ことを実践できた企業はどれぐらいあるでしょうか?