アマゾンの人員削減とテスラのEV削減

相変わらず日本に比べてUSの企業は動きが活発です。

アマゾンが3万人をリストラするというニュース。

昨年末の人員削減と合わせるとホワイトカラーの1割に相当するそうですが、AIの普及が何らかの影響を与えていると想像できます。

同時に無人化を勧めていたコンビニからも撤退するらしいですが、無人店舗以外の食料品デリバリー事業は続けると言います。

店舗の無人化が時期尚早だったのか、コンビニが日本ほど普及しなかったのか分かりませんが、いずれにしても日本企業では考えられない潔さです。

一方、テスラはEVENTの車種を減らして製造ラインをロボット工場に転換するというお話。トレンドのフィジカルAIをそのまま絵に書いたように進める気概が感じられます。

テスラはEVの車種を瞬く間に増やしましたが、もうこれ以上増やしてもお互いのシェアを奪い合うだけという判断でしょうか? EVの成長も限界が見えてきましたから、これから成長が激しいと予想されるロボットのAI化で先手を打つのは新進企業としては当然かも知れません。

このような企業ポリシーが正しいかどうかは分かりませんが、数十年前なら市場が出来上がってから後出しで良い製品を出せば、デファクトスタンダードを取れたのですが、今のテクノロジーでは最初の10年でほど決着医がついてしまい、後から追いかけてもそう簡単に追いつけるものではありません。

日本やイタリアは手工業の歴史が長いだけに、どうしても中小企業の技の上に培われた技術を活かす方法を目指しているように思います。

これはこれで何物にも代えがたい価値があって素晴らしいのですが、世界経済の覇権を取ろうという野心あふれるUSや中国は、日本とは全く違うベクトルで動いているようです。

もはや日本に追従する余力はないかもしれませんが、せめて部品レベルでもトレンドに向けた製品を開発してもらいたいものです。

トランプに二言あり!

日本では一度口にしたことは撤回しないのが善しとされてきました。

トランプ氏は全く逆ですぐ撤回する。おそらく状況が変わって迅速に対応したつもりなのでしょうが、周りの者にとってはたまったものではありません。

まあトランプ氏は武士ではないので、二言でも三言でもありなのかもしれませんが、政治家も軽率なのは困りものです。

いわゆる熟考がされていないというか、まずは出してみて反応を伺う目的なのでしょうか? 持ちろん世界情勢は日々変化していますから、それに合わせて判断を変えることは必要かもしれません。

それにしても唐突すぎて、そのうちに「狼と少年」のようにならないか心配です。

トランプの政策に世界の株式市場が敏感に反応しますから、乱高下が珍しくなくなってきますが、これほど個人的な発言が株を上げ下げするのなら、それを利用して儲けることも可能です。

これではもはや経済とは言えません。

ノーベル平和賞が取れなかったら、今度は戦争をふっかける側に回って戦果によって表彰されることを期待する、

名誉は実績にあとから付いてくるものだと言われますが、直接的に取りに行こうとしているのがあからさまで、日本的には下品の極み!

中間選挙で米国人はどのように判断するのでしょうか?

やり直し選挙で再選は意味があるか?

前橋市長選で前職の不祥事に伴う再選挙の結果、再選されました。兵庫県知事線でも同様のことがありましたが、一方伊東市長選では再選されませんでした。この違いは一体何なのでしょう?

個々の案件毎に事情が異なりますが、再選挙ともなると税金が費やされ、同じ人が再選することが自明なら税金の無駄ですから避けるべきです。

特に開票直後に当選確実となった今回の前橋市長選の場合は、本当に選挙を行う必要があったのか疑問に思います。

確かに選挙によって禊は終わったというけじめがついて、今後の市政に失態が影響しない効果はあるでしょうが、逆にこれまでと同じようにラブホ会議を市民が許容した事にならないでしょうか?

同じ再選結果を見ても人によって捉え方が違うでしょうが、何か茶番劇を見せられているようで、市政とはそんないい加減なものなのかと感じてしまいます。

一方学歴詐欺を働いた伊東市長に対しては、市民は許さず再選を果たすことができませんでしたが、おそらく本人は再選できるものと踏んでいたのではないでしょうか?

業務として不正行為を働いた前橋市長が再選できて、業務に関係がない学歴を詐称した市長が再選できないことにも、どちらが正しい選挙なのかと疑問に思います。

確かに選挙は相手の出来次第で結果が変わりますから、それそれの市長の運不運があったのは確かかもしれません。

しかし、何も実績もない人を表向きの経歴だけで選ぶ方法は、そろそろオワコンになるべきでないかと思います。

自転車の反則金制度

改正道路交通法の施行から、法律の周知に十分時間をかけたということでしょう、2026年4月から反則金制度が運用されます。

いくつかの改正点があって、乗車中のスマホや右側通行など教えられなくても明らかに違反と分かるものも多いのです。しかし、実際の道路状況を考えると、歩道の通行を基本的に禁止して車道を通行させることに関しては、かなり無理があるように思います。

「就学前の子どもや70歳以上の老人なら歩道通行可」などという条件付きのルールは、タバコの喫煙ルールでも同様でしたが抜け穴になることが多いです。

また自転車専用道路や通行帯の整備が進んでいるとは思えず、以前あった交差点の歩道横の自転車通行帯も近年唐突に消されていることが多いようです。

自転車の利用者は地元民が多いことは確かで、そのため地元の道路でどこが通れてどこが通れないかを把握している人もいるでしょうが、100Km以上走るようなローディに対しては、ローカル限定でしか通用しない貧弱な標識では十分ではありません。

まだまだ道路や標識の整備が追いついていない状況での反則金制度導入は、急増する自転車事故に対して早急に対策を講じる必要があったにせよ、抜本的な自転車の安全通行を継続的に講じることが望まれていると思います。

どうして年金や不動産取得がややこしいか?

結論から書くと、わざと難解にややこしくして、司法書士や弁護士の利権を保護しているからです。

もし、それらの法律が本当に国民のためを思っているのなら、その国民に分かりにくくする理由がありません。

法律などの規定は、それを知っている人だけが利用できるようになっているのです。

江戸時代には代書屋と言う職業がありました。まだ庶民が教育を受けておらず文字を書けなかったため、記録を残す必要がある権利書や婚姻届は、文字がかける代書屋の独断場だったわけです。

今や日本は文盲率ゼロパーセントを世界に誇るほどの義務教育を施しているわけですが、相変わらず昔の代書屋のごとく、司法書士や行政書士、弁護士などが蔓延っているわけです。

どうして文字が読めるのに代書屋の類がいまだに必要とされるのか?

それは、ふつうに文字が読める人には理解できない難解な法律やルールを、必要以上に決めているからです。

もちろん裁判の判決文のように、後世になっても同じ意味を伝えなければならない文章では、多少冗長になったり法律用語を多用する必要があるかもしれません。

しかし、それでも必要以上に分かりにくくしているケースは非常に多いですし、法律の条文自体も、現在の例え文語体としても分かりやすく表現されている訳ではありません。

できるなら、一旦AIで整理整頓してもらってから文章にした方が、よほど口語文語に関わらず意味がしっかり伝わる文章になるのではないかと思います。

一体裁判官がAIにに置き換わったら、どれほど混乱するでしょうか? 

過去のすべての凡例を学習したAIなら、よほどまっとうな裁判官になるのではないでしょうか?

もし世界のどこかの研究者が判例をAIに批判させたら、間違いだらけの凡例が世界中に溢れていることがバレてしまうのではないでしょうか?