「そこに愛はあるんか?」

ビッグモーターの保険金不正請求事件。

車の修理に携わる人なら、少しは車に対して愛がありそうなものです。いくら売上を増やすために上司から命令されたとは言え、さぞかし悲しい思いでやっていたことでしょう。

朝日新聞の記事で、車は「愛車」というぐらいに特別な思いを持って所有するものであると書かれています。そう言えば、それほど愛~という表現は多いわけではなく、「愛車」、「愛妻」、「愛社」、「愛国」はあっても、「愛スマホ」、「愛時計」などはなく、せいぜい「愛用のスマホ」や「愛用の時計」というように、少し愛のレベルが下がるような気がします。

家を建てても「愛家」にはならず、「我が家」や「終の棲家」というように愛とはまた違った感覚で表現しているように思います。

今では「愛社」や「愛国」にどれほど意味があるのか分かりませんが、車には一緒に出かけた思い出が詰まっていて、少しペットに近い感覚があります。

昔一世を風靡した「愛のスカイライン」というキャッチフレーズがありましたが、それぞれの人生の一コマを一緒に歩んだ軌跡が刻まれていて、年配の人なら所有した車の遍歴が人生を転機を如実に物語っているのではないでしょうか?

「いつかはクラウン」というフレーズも、90年代ならそのままほとんど人が受け入れていたのではないでしょうか?

レクサスが登場したあたりからややこしくなりましたが、パブリカ→カローラ→コロナ→マーク2→クラウンという階層構造が、日本の社会や人生設計をそのまま反映していたように思います。

今は車に愛を感じる余裕などないのでしょうか?

すべての大量消費や使い捨てを、地球規模で止める時期が来ています。

英語の学習開始年齢

だんだん英語教育の開始年齢が低年齢化していて、一部の自治体では小学1年生から授業に取り入れるところもあるそうです。

よくアメリカ人は、4~5才の幼稚園児でも流暢な英語をきれいな発音で喋っているので、小さい頃から英語に親しんでおけば、ネイティブスピーカーのような英語を喋れるようになるだろうと言われていました。

それは日本人の4~5才の子供もきれいな日本語を喋るのですから当然です。

「二兎負うものは一兎を得ず」

アメリカの子供が流暢な英語を喋っているように聞こえますが、その内容は幼児の会話のレベルで文法的に正しい英語とは限らず、別に社会情勢や経済や科学のことを大人と対等に喋っているわけではありません。

日本人が英語で勝負する場面は、何も子どもの会話に付き合うためではなく、仕事として交渉したりプロジェクトで協業したり、あるいは留学して大学の講義を受けたりするときですから、それに使える英語を習得しなければ意味がありません。

もし、アメリカの5才児が喋る英語の発音を真似したければ、絶対音階は幼少時にしか学べないのと同じように、それに特化した練習方法をやればよいかもしれませんが、役に立つ英語を習得するには、日本語の環境で社会や科学や国語学を多少理解した上で、英語について学ばなくては身に付かないでしょう。

そういう目的と意味において、小学生の高学年で海外に興味を持ったり異文化を知ることは良いタイミングであり必要なことかもしれませんが、大人が持っているネイティブな発音への憧れを子どもに押し付けるのは考えものです。

それよりも、今日本の教育にとって英語より重要なのは、世界に比較して算数や論理的な考え方の理解力を高めることではないでしょうか?

日本の教育は、過去何十年もあれやこれや詰め込みすぎて、そうかと思えば「ゆとり」の一言で打って変わってどんどん内容を抜いていくという繰り返しです。

世界と比較して今の日本の教育は、かなりレベルが低いと思います。

学校の教員に鳴りたい若者が減っているから、教員になったら奨学金返済を免除するなんて、マイナカードのポイントじゃあるまいし、魅力のないものをお金で釣る子供だましで良い教育者が集まると思っているのでしょうか?

英語教育の低年齢化には反対する専門家がたくさんいます。

それらの意見を取り入れながら他の教科とすり合わせた上で、日本人にはいかなる英語が必要なのかを問いただして、身のある教育改革を続けてもらいたいものです。

海外視察の報告書公開義務化

そろそろ昔の農協ツアーみたいに公費で好き勝手に海外旅行するのはやめて、身のある報告書をインターネットに公開することを義務化したらどうだろうか。

今回問題になっている自民党女性局は、如何にも女子高生の修学旅行然としていて滑稽さが満点でしたが、男の議員や首長が引き連れて海外に行く視察渡渉した海外慰安旅行もひどいものばかりです。

これらの旅費は公費、つまり税金が使われているのですが、無駄な経費を散々使った挙げ句に、口癖のように税収が足りないとほざくわけです。

それなら税金の使い方を少しは考えればよいものを、「使いたいものには使う」、「取れるところからは取る」と幼稚園児の駄々っ子よりたちが悪い。

問題は、海外視察と称してほとんど成果が見えない、行った意味が全く感じられない視察が多すぎることです。

そもそも視察という目的で行くのなら、1人で行けばよいのであって、現地で分かれて行動するにしてもせいぜい2人いれば事足りるはずです。

そして行った全員に米日の報告書の提出を義務つけるのです。視察をした内容をインターネットに写真付きで毎日投稿するのです。できれば毎日の出費の領収書も写真で添付するとよいでしょう。

それぐらいのスピード感と誠実性を示さなければ、高い旅費を税金から払う価値がありません。

一般企業で海外に視察や研修で出かける人は多いですが、必ず報告書を提出するでしょうし、帰国後すぐに部門内でフィードバックの会議を行うでしょう。そもそも同じ場所に何十人も一緒に行くなんてあり得ません。

国会議員や首長は国や自治体を代表して税金を使って視察するのですから、その成果を国民や住民に報告するのは当然で、観光地の記念写真しか報告されないなら観光旅行と言われて当然です。

せめて一般企業並みに政治家などの海外視察には、適切な報告の義務を課すことを実践していただきたいものです。

EV(電気自動車)の火災

オランダの公海上で自動車運搬船が火災を起こしたというニュース。

少し前には千葉県で輸入車のディーラーでEVが数台焼失したというニュースもありましたから、電気自動車の安全性について不安に思う人も多いのではないでしょうか?

アウディはこれまでも数回のEV車の火災対策を施していて、これでもか、これでもかと対策を講じてきたのですが、それでもまだ火災を起こす危険性が残されているのでしょう。

思い出してみれば、リチウムイオン電池が普及し始めた90年代に、数多くの携帯電話やMP3プレーヤーなどが火を噴く事故が相次いだことがありましたが、EV車になって電池の規模が大きくなったために、甚大な被害が発生するようになってきました。

電動アシスト自転車でさえ燃えさかると手を付けられなくなり、しかも水をかけて温度を下げる消火方法が有効でないため、燃え尽きるまで手の施しようがないということを、改めて気付かされました。

住宅の駐車場に停めたEV車が燃えだすと、すぐ横にある建物にも火が燃え移って、自動車と住宅を一気に失ってしまうという事態も想定されますから、EV車に対する火災保険を通常の自動車保険とは別に掛ける必要があるでしょう。

それでなくてもリチウムイオン電池の廃棄方法には問題があり、自治体なども回収をしないために、中国製などの安価なバッテリーを購入したがために、家庭にいつ破裂するかわからないリチウムイオン電池を多数抱えている人も多いのではないでしょうか?

そのうち古くなったリチウムイオン電池からの出火が原因で、日本のあちこちで住宅の火災が頻発するようになるかも知れません。

早く安全なリチウムイオン電池の廃棄方法を確立して、片っ端から古くなった電池を処分していかなければならない時期が来ているのではないでしょうか?

自民党女性局の観光旅行

SNSに投稿された、エッフェル塔の前で撮影された記念写真の話題です。

程度の差はあれ、寿司屋で羽目を外した写真を公開するのと似ています。こちらの方がやった人の有名度からしたら程度が低い行為かもしれません。

SNSを見るのが自分の友だちうや家族だけだと思っているのでしょうか?

こんな写真を世間に見せたら、どう見ても観光旅行にしか見えません。

本当に視察に行ったというのなら、現地で開催した会議の様子や担当者と交わした握手のシーンを撮影した写真を投稿するべきでしょう。

その上で、こっそり撮ったエッフェル塔の写真を、プリントした上で友だちに見せる。つまり、ディジタルデータを人の手に渡らないようにするのが当然であろうと。

今回は女性局という特殊な組織だったから、特に観光を主体にした旅行になったのかもしれませんが、世間に見せるべき写真がないのなら、SNSに投稿などしなければよいのです。

その辺りの常識がズレている事件が絶えませんが、近年日本人から常識がなくなってきているのは確かですが、政治家も若者も同じように蝕まれているというのが恐ろしい!

芸能人なら少しばかり話題を振りまくことも仕事の内ですが、人の上に立つ人たちにはつまらない話題は期待していません。

この欧州外遊で獲得してきた成果を見せて、観光で遊んできただけという噂を吹き飛ばしてもらいたいものです。(何、見せられる成果がない? やっぱり観光旅行でしたか!)