増税には理由が必要ではなかろうか?

勤続30年で受け取れる退職金が2500万円の場合、今後最大45万円受取額が減少するらしいです。

20年以上継続して勤続する人に対する税の優遇措置が廃止されるために、退職金にかかる所得税が増額されるということのようです。

政府は老後の生活費は自分で貯めておけと言っている割には、老後資金の要となる退職金に増税するとは、言っていることとやっていることが違います。(よくあることですが、)

ニュースで増税の話を聞くことは年に何十回とありますが、「税をこんなに有効に使いました!」とか、「ちょっと工夫をして税金の支出をこれだけ減らしました!」というニュースは一度も聞いたことがありません。

世の中は、多少過剰に支出をすることがあってもどこかで節約して、平準化したらあまり変化がないようにするものです。

例えば、夏休みに遠方に旅行に行ったとしたら、その贅沢を穴埋めするために平日の食事は質素に抑えるということは、どこの家庭でも心がけていることと思います。

ところが日本の政府といったら、頻繁に税金を引き上げることばかりに専念して、一向に税金の使い方に知恵を絞ることをしません。

この際、税金の増減はポイント制にして、税金の支出を削減した分だけしか増税できないようにするのはどうでしょうか?

税金は国内通貨だけで計算が間に合いますから、複雑な為替の計算で誤魔化すことはできないでしょう。

単純に同じ予算で国を運営すれば良いだけですから、普通なら簡単なはずです。バランス感覚の問題です。

増税を頻繁に繰り返す様は、農民から年貢を搾り取っていた時代と何ら変わりません。

もう少し明朗な会計を国民に公開して、公明正大に税金の使途を説明してから、それでも足りないから増税が必要なのだと訴える必要があるのではないでしょうか?

サンフランシスコの自動タクシー解禁と日本のデジタル化

サンフランシスコの無人自動タクシー解禁のニュースを見て思うのは、日本が世界に遅れているのはデジタル化だけではないということです。

アメリカでレンタカーなどを運転した経験がある人なら分かると思いますが、アメリカで運転するのは日本で運転するのに比べて数倍楽です。

もちろんニューヨークやボストンあたりの大都会になると、日本の地方都市と同じぐらい運転技術が必要になります。

それでも日本の複雑な信号、細い路地、無茶な運転をするタクシーなどが、いかに運転を難しいものにしているかを思い知る経験をした人は多いのではないでしょうか?

今、日本の国を上げてデジタル化を推進していて、その筆頭としてマイナカードが脚光を浴びていますが、期待通りに進まず先行きに不安が持たれています。

その原因は、システム構築自体に問題があるのはもちろんですが、日本の戸籍制度、膨大な漢字の数、読み方の分からない名前、統一されていない健康保険制度、整理整頓されていない住居表示などなど。

これらのとてもデジタル化をするに相応しくない、カオス状態の混沌雑多な情報を、そう簡単に0と1のデジタル化ができる訳ありません。

マイナカードを導入する前に、漢字の整理、漢字の読み方のルール化、住居表示の全国統一、戸籍情報の整頓、健康保険情報の全国統一化をまず成し遂げてから、やっとマイナカードの話が始まるのです。

「砂上の楼閣」

デジタル化を行う前に、まず元のデータを正確なものに整える必要があります。

同じことが自動車の自動運転にも言えます。

非合理的な交通法規、未熟な運転者、消えかかった中央線や崩れた交通標識、自転車やキックボードが同じ道路上に溢れ、たまには無法者が我がもの顔に信号無視をする。

信号が青なのに、横断歩道の歩行者のために止まらなければならないなんて、何のための信号なのでしょうか?

人げが道を歩くのさえ危険が溢れ不自由なのに、自動運転なんてできるわけがありません。

日本は経済の話だけに限って失われた30年と言っていますが、失われたのは経済だけでなく、あらゆる分野で近代化が遅れていた事に気付かなければなりません。

おそらく、アメリカでの自動運転を見た政治家は、日本でも自動運転を認可さえすれば同様なものはすぐ実現できると考えるでしょうが、自動運転化の前に立ち遅れた道路事情や交通法規を世界レベルまで引き上げる必要があります。

どうも日本の政治家は、疎いからか技術(テクノロジー)があれば何でも解決できると考えますが、まず技術を活かすには社会インフラが一定のレベルにあることが重要です。

マイナカードと同じように、日本で運転の自動化を強引に推進して「動かないコンピューター」の如く、「動かない自動運転自動車」で道路が埋め尽くされないことを願います。

はみ出し禁止

電動キックボードが認可されて、16歳以上に無免許で許可しながら自賠責保険が必須としたことは、今となっては保険会社への忖度があったのではないかと疑われそうですが、とりあえず大きな事故のニュースがないということは、それほど無茶な運転をする人が今のところいないのか、まだあまり普及していないだけなのか?

自転車に比べて小さい前輪径によって、道路の段差で転倒する危険性が指摘されていましたが、そのときに各戸に道路の段差を解消するための配置したスロープが邪魔になるという問題がありました。

特に夜間など道路上に危険な突起があると認識しないまま道路脇を走行して、段差で転倒して走行中の車と接触すると大事故につながりかねません。

そもそも個人所有の建造物を公共の道路に設置することは以前から不法行為であり、住宅などは一切の部分も道路上に(空間も含めて)はみ出すことは許されてはいません。

外構を工事する業者は、一切のはみ出しをしない施工をするのが常ですが、法遵守にいい加減な業者が施工した外構には、分かって道路上の空間を専有しているケースが散見されます。

更に道路上に、例え使用上の必然性があったとしても、個人所有の建造物を置くことは許されません。

20年ほど前、道路にはみ出て設置された自動販売機が、一斉に道路占拠違反で規制されたことがありました。1年ほどで国内の自動販売機から道路占拠はなくなり、日本の実行力も大したものだと思ったことがありました。

今回も電動キックボードが発端ではありますが、道路占拠物件の一掃を目指すべきではないでしょうか?

インバウントと称して海外から訪日する観光客は、簡易な移動手段として電動キックボードを利用することが増えるかもしれません。

その時に、世界の常識から外れた道路の私用が原因の事故が起こると、また世界から非難されるでしょう。

日本国内にはまだまだ世界の常識から外れた習慣や法規が溢れています

インバウンドで国内消費が伸びることばかり喜んでいないで、この機会に日本の古いないがしろにしてきた習慣を近代化してもらいたいものです。

組織の自浄作用

日本大学のアメリカンフットボール部の問題で、大学に自浄作用が働くのか疑問を呈する記事が相次いでいます。

これまでにもいくつかの問題点を指摘されながら、表向き代表者の交代が繰り返されただけで、本質は何ら変わっていないとの疑念が漂っているのでしょう。

同様にビッグモーターのトップが問題発覚後交代しましたが、社内改革と称して真っ先に取り組んだLINEの使用停止も、ブラック企業の証拠隠滅が目的だとの指摘されました。

過去にも企業や政治組織や宗教法人など、大学以外の組織的犯罪が発生した後、浄化するにはかなりの長い時間と労力を要することがほとんどです。付け焼き刃の対策ではなく、元を絶たなければ意味がありません。

それだけ時間と費用もかかるのなら、最初から正しておけば無駄なことをしなくても済んだと考えがちですが、それはどうでしょうか?

そもそも人間は楽な方に安易に流されますから、それを組織が束縛することである一定の基準の品格や順法意識を保っているのではないでしょうか?

もちろん個人でも品性を保っている人も多いですし、組織でも崩れきっているところもたくさんあるでしょう。

しかし、基本的に組織になればそれなりの社会性を保とうとする修正力が働きますから、事件になる前に摘み取られる事が多いと思われます。

ですからよく「性善説」、「性悪説」と例えられますが、個人レベルでは性悪説が成り立ち、組織では性善説が成り立つというのが自然なような気がします。

個人を尊重する欧米諸国が性悪説を社会の基本と捉え、個人より組織を重んじる日本が性善説に根ざしているというのも頷けます。

組織によって個人を律し、世の中のために正しいと思われることを経営理念やスローガンとして唱え実行することが、組織としての統制となり力となって行くのでしょう。

不祥事を起こした大学や企業が急に理念を唱えだしても、「馬の耳に念仏」にしかならないでしょう。

しかし、時間がかかったとしても倫理や道徳の概念が失われつつある日本社会で、お手本となるべく立ち直った姿を見たいものです。

転職サイト登録は必須アイテム

最近の若者は、就職したらすぐに転職サイトに登録をしていると言うニュース。

新しい職場に何が何でもしがみつくより何か不満があったら次を探すという、昔の日本なら「石の上にも三年」なんて言われたものですが、最近の合理的な考え方によって一生同じ会社にお世話になるなんて考えはないのでしょう。

そもそも会社にお世話になるという考えが古いか!

どうりでテレビでやたらと転職エージェントのCMが流れるわけです。

大量のCMを流す企業は、どうもそのうち社会問題を起こすことが多い傾向があって、スポーツジムや脱毛サロンなどの広告が異常に多いと思っていたら、どこかで何らかの消費者問題が発覚したりすることがあります。

転職エージェントも今は良くても、近いうちにダークな業者が混じってくる可能性があります。儲かるところに悪い業者が群がって来るのが世の常ですから、業界の標準などを早いうちに整備して、不法な業者が入り込むのを未然に防いでもらいたいものです。

ただ、転職市場が活発になるということは、必要な人材が必要な業界に供給されやすくなるはずですから、日本人の生産性を高めることが期待できるのではないでしょうか?

もちろん転職のすべてが良い転職であるとは限りませんが、以前のように我慢して同じ企業で一生を終えることは少なくなるでしょう。

まあ、逃げ道を常に用意して置くということで、かえって今の仕事に集中できないという弊害もありそうですし、常に不満を持ちやすい人なら転職を何度も繰り返して、いつまで経っても専門的な経験を積む事ができないこともありそうです。

転職をして成功する人と失敗する人がいますから、転職エージェントは親身にクライアントの希望や適性をプロとして判断して、身のある転職を提供していただきたいものです。