30年ぶりの円安

日本円が150円/US$となって、30年ぶりの円安と言うニュースが飛び交っています。

30年ぶりということは、1992年あたりのバブルが過ぎ去ってしばらくした頃と同じレベルになったということらしいのですが、30年ぶりと言われてもピンと来ない人も多いのではないでしょうか?

確かバブルが弾ける頃の日本は、「日本は世界で一番だ」などという錯覚がまかり通っていて、円高によって日本人の給与が世界で一番高くなっていた頃です。

世界最低賃金の今とは全く逆

当時私は工場に勤務していましたから、USやヨーロッパ諸国と輸出で競い合うためには、これから予想される円高に対して、1ドル120円に絶えられるようにしなければならないと、必死で製造コストを下げる施策を打っていました。

と言っていた先には110円、100円、90円と毎年のように円が高くなり、ついに製造を海外姉妹工場に移管するという状況に。当時日本中の製造現場で見られた光景です。

1997年頃に90円前後を付けた辺りが最高値だったでしょうか? 物価から見た時間は1ドル110円辺りが妥当かなと思っていた記憶があります。

ところで30年前ごろは、日本の製品は高品質と低価格で世界を席巻していたのは事実ですが、すべての製品分野でそうだったかというと、家電や給湯器などは全く輸出していなかったのです。

一部のソニー製テレビは売れていたようですが、本来なら日本製の冷蔵庫や洗濯機がアメリカで売れてもよさそうなのに、全く見かけなかったのです。

というのも、アメリカ製が恐ろしく安かったからでしょうか。全自動洗濯機が300ドルぐらいで、衣類乾燥機が150ドルぐらいで、どちらもバカでかい。ガス貯湯式給湯器は150ドルぐらい。

大きさ以外に電圧や安全規格が全く違いますから、日本製品をそのまま持ち込んでも使えないのは確かですが、当時の松下電器やノーリツのようなメーカーが全く輸出できなかった理由は、その現地価格にあったのかもしれません。

話は元に戻りますが、30年ぶりの円安ということは、輸出産業にとっては好都合のはずですが、いつの間にか国内の工場はかなり減っていて、以前のように経済のエンジンを全開にするにも、動くエンジンがなくなっています。

中国の情勢が不安定になって製造の国内回帰が始まっていたのですが、そう簡単に製造を再開出来るほど簡単ではなく、特に熟練工や手先が器用で真面目に働く生産要員が絶滅危惧種になっているように思えます。

円高になったら大騒ぎしていた業種なら円安になったらウハウハのはずですから、きっとこの円安を待ってましたとばかりにほくそ笑んでいる社長さんが、日本の経済を復活させてくれることを願っています。(そんなに甘くない?)

年金の3割減額の意味すること

年金の支給が、将来は3割減額されるという試算が出たというお話。

そもそも老後の生活を支えるお金のことを、「年金」と命名したのが間違いというか分かりにくい。社会保障の方がまだ直感的ではないですが、分かりやすいかもしれません。

若い人なら、いや50歳以下ぐらいの人なら、「年金って何もしなくてももらえて、孫にランドセル買って上げるやつでしょう」ぐらいの認識しかない人が多いかもしれません。

年金は老後の最低の生活費です。働けなくなった後の生活費になります。

もちろんこれに頼らず、貯金がウハウハある人は別で、相続税の心配をしていればよいでしょう。

「年金に期待するより、体が動くうちは働いて稼ぎなさい」というのが、今の政府の方針です。

しかし、政府の思惑に反して、「いつから年金をもらうのが得ですか?」という質問に応えるために、巷のフィナンシャルプランナーや社労士が色々計算するわけです。

最近の結論は、「概ね年金受取開始から12年後まで生きられたら、それ以降は得になりますよ」ということらしい。

だけど政府は年金の支払いを減らしたいから、年金をもらわずにもっと働けと言っているのであって、それに反して国民側は受け取る年金額を最大にしようと計算しているのは大誤算。

政府は、年金の受け取り時期を遅らせる繰り下げによって、受け取れるようになたら年金額を上乗せしますよと甘い誘いをしたつもりが、国民はその手には乗るまいと損得で支給時期を決めようとしています。

老後もできるだけ仕事を続けることは、仕事を持つことに意味や、社会的な責任を果たす等、お金の損得だけではない人生の生き方から話をするべきでしょう。

年金の額が少しぐらい増えたり減ったりすることよりも、老後の人生をもっと輝けるものにするための施策、老人に働きやすい環境、これまでの経験が生かせる職場の開拓など、やることはいっぱいあると思います。

年金制度を生きながらえさせるための小手先の対策ではなく、老後の日本人の生き方の指標となる制度づくりが、今望まれているのではないでしょうか?