結論から書くと、わざと難解にややこしくして、司法書士や弁護士の利権を保護しているからです。
もし、それらの法律が本当に国民のためを思っているのなら、その国民に分かりにくくする理由がありません。
法律などの規定は、それを知っている人だけが利用できるようになっているのです。
江戸時代には代書屋と言う職業がありました。まだ庶民が教育を受けておらず文字を書けなかったため、記録を残す必要がある権利書や婚姻届は、文字がかける代書屋の独断場だったわけです。
今や日本は文盲率ゼロパーセントを世界に誇るほどの義務教育を施しているわけですが、相変わらず昔の代書屋のごとく、司法書士や行政書士、弁護士などが蔓延っているわけです。
どうして文字が読めるのに代書屋の類がいまだに必要とされるのか?
それは、ふつうに文字が読める人には理解できない難解な法律やルールを、必要以上に決めているからです。
もちろん裁判の判決文のように、後世になっても同じ意味を伝えなければならない文章では、多少冗長になったり法律用語を多用する必要があるかもしれません。
しかし、それでも必要以上に分かりにくくしているケースは非常に多いですし、法律の条文自体も、現在の例え文語体としても分かりやすく表現されている訳ではありません。
できるなら、一旦AIで整理整頓してもらってから文章にした方が、よほど口語文語に関わらず意味がしっかり伝わる文章になるのではないかと思います。
一体裁判官がAIにに置き換わったら、どれほど混乱するでしょうか?
過去のすべての凡例を学習したAIなら、よほどまっとうな裁判官になるのではないでしょうか?
もし世界のどこかの研究者が判例をAIに批判させたら、間違いだらけの凡例が世界中に溢れていることがバレてしまうのではないでしょうか?
