AIの文章力

最近、時間に余裕があるときは、仕事でメールを出すときにAIで添削してから送信するようにしています。

大した量でもないメールでも、数か所の誤字や表現の曖昧さを指摘されます。私がそれだけ普段、いい加減な文章を書いているということなのでしょう。(反省!)

一旦書いてしまうと思い込みがあるのでしょう、読み返してみても欠陥に気づくことはほとんどありません。AIでに指摘されてから読み返すと、確かにおっしゃるとおりですと、修正することが多々あります。

昔、青春文庫で過去の名作を読んでいたとき、太宰治とか芥川竜之介の文章の見事さに感心したことがありました。

どこから見ても欠点のない日本語で、さらにその中に文章の旨味と言いましょうか、独特の言い回しやニュアンスが光っていて、作家はすごい才能がないとなれないと惚れ惚れしながら読みふけったことがあります。

新聞や雑誌の原稿の校正などにもAIは最適なのでしょう。また簡潔にまとめたり、少し冗長にしたり、はたまた方言を使ったり、AIでは変幻自在に日本語を駆使して文章を破綻なく変換してくれます。

ただ、ある文章を入力して、「もっと面白くして」とか「ジョークを付け加えて」などというリクエストをしても、おもしろくない文章が返ってくることが多いです。

指示の仕方に問題があるのかもしれませんが、論理的に破綻がない文章を作るより、面白い文章を作るほうが難しいのかもしれません。

確かに面白さというのは普遍的ではなく、受け取る人や環境、また時代によって大きく変化します。またブラックジョーク的なものは、過去では許されても今はハラスメントになってしまうことも多いかもしれません。

そう考えると、AIが一から文章作品を創造するためには、もう一歩の進化が必要なのでしょう。

しかし、あまりAIが創造的になってしまうと、人間が面白いと感じる面白さを飛び越えてAIにしか分からないジョークを作り出して、人間の文化を超越した別の世界を築く可能性があるかもしれません。(あ~恐ろしい!)