時代は核家族から個人家族へ

核家族化が進んだのは、昭和40年代からでしょうか?

都会の近郊に衛星都市が作られて、公団やその後マンションがどんどん建ち並ぶようになり、地方から都会に人が流れ込んでそれまでの生活が大きく変わった頃です。

その後、長らく核家族世帯が主流になっており、最近ではテレビで見る「サザエさん」の生活が、如何にも昭和の時代を色濃く反映していることに違和感を感じるほどになりました。

今どきおじいさん、おばあさんと孫が一緒に住んでいる家庭は、少なくなったのではないでしょうか?

ところで、近年は結婚をする年齢が上がっており、また結婚をしない人も増えているようです。

そうなってくると、核家族かから更に一人世帯で生活が完結する、個人家族なる生活形態が主流になってきます。

「家庭に愛はあるんか?」みたいなややこしい話は必要なく、愛だの恋だのも関係なく、経済的や合理的に同居した方が良いと判断したときだけ、パートナーとなった人と必要な期間だけ同居するような家族関係が、ごく一般的になってくるのでしょうか?

このあたりはテレビドラマの影響もあるのでしょうが、明らかにここ20年ぐらいで家族の関係について大きな変化が起こっているような気がします。

今やキャンプもお一人様で問題なく出来ますし、焼肉もすき焼きも一人前のメニューがどこにでもあります。

携帯電話やインターネットなどは家族で使い回すものではありませんし、コンピューターもパーソナルですから、生活上家族である必要性が昔ほど無いのかもしれません。

どんどん個人家族が普通に思えてくると、子どもを作るときだけパートナーを組んで、育てている最中に入れ替わったりするのもありかもしれません。

社会の仕組みが、これまでは核家族ありきで出来上がっていたものが、個人家族中心になってくると大きく変わることが予想されます。

教育問題や給与問題、社会保障の問題などを考えていく際に、個人家族の増加についても考慮していかなければならなくなるでしょう。

たとえ夫婦で老後まで一緒に過ごせたとしても、いずれは個人家族になります。

これからの基本となる個人家族について、真剣に考える時が来ているようです。

大学院は学歴ではなく職歴である!

少し前、学歴ロンダリングが話題になったことがありました。

政治家や芸能人の経歴で優秀な大学を卒業したことになっていても、実際在籍した記録がなく、よく調べてみると、夏休みに観光旅行を兼ねた短期留学で数日訪れただけだった、みたいなことが暴露されてしまって、学歴詐称が判明したような事件が相次ぎました。

卒業していないのに卒業しているというのは完全な嘘ですが、例えば大学入試には受かったけれども入学はしていないような場合、その大学を中退したと言ったらこれまた嘘になります。

2年間の教養課程を終えてからでないと中退は名乗れないはずで、大学中退なら4年制大学の3年次編入ができますから、大学中退はちゃんとした学歴と称してもよいでしょう。

ところで、大学院には院試と言われる入学試験がありますが、大学入試に比べると一般的ではなく、いわゆるコネがあったり、人気のない研究室では定員が足りていなかったりすることがあります。

ですから国立大学の大学院でも比較的簡単に入れる場合があります。これを別の意味で学歴ロンダリングと呼ぶ人もいます。

別に不正をしているわけではありませんが、大学院入試について詳しくない人を誤魔化している気配は感じます。

以前、ドクターを目指している後期博士課程の学生さんに聞いたのは、学歴と言えるのは大学卒業までで、大学院からは好きな研究を続けるだけということでした。

学力はどこの学部を卒業したかで判断して、大学院以降は学歴というよりは職歴ということでしょうか?

最近、著名な人でも大学院以降の経歴しか提示されない場合、おそらく大学の名前は出したくないのだろうと勘ぐってしまいます。

ただ、最近は大学もAO入試が一般的になってきて、本当の学力なんて分かりにくくなっています。

要するに、学歴や経歴などのラベルで人を判断するのはやめて、その人の能力を見抜ける力を養わないといけないということなのでしょう。(まあ、それができないからラベルで判断してたんだけど、、、)